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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
水と炎と決別と。
661/664

爵位継承の儀から続いての婚約認証の儀

「そして、我が婚約の相手は、ユナマリア・アルア・リーズ侯爵家ご令嬢であること、この場で明らかにさせていただきます!」

「はあああああっ⁈」

間髪入れずに、いやむしろ食い気味に思い切り叫んだユーナだったが、その驚愕というか痛切というか、ともかく魂の籠もった叫びは、参列した貴族達の怒号の如き叫び声に掻き消されてしまった。

広間に残響として響いた声が収まるまで約5秒。

その後、何事もなかったかのように、陛下が口を開く。

「そなたは伯爵、対してユナマリア嬢は侯爵家令嬢、その位階の差は何とする?」

「慣例に則するばかりが良いとは考えておりません。むしろこの婚約は、無意味にも存在してしまった慣習を打ち破るためにも意義のあるものと存じます」

「ほほう?」

と先を促すように頷く皇帝陛下は、なんだか楽しそうに見える。

レオンハルトは、

もちろん、我が本意はそこではありませんが、と陛下と彼のすぐ近くに居る貴族にしか聞こえない声で言ってから、声を大きくする。

「術門たる我が家門と、ユナマリア嬢の武門たるリーズ侯爵家の結びつきは、帝国の300年に渡って続く貴族間の因習を断ち切る、その手始めとなりましょう。この意義を、どうかご考慮いただきたく存じます」

「貴族間の因習、か。それを消し去るための礎にならんと欲するか?」

「御意!」

陛下とレオンハルトの問答はそんな風に続いたが、陛下の表情は終始にこやか。レオンハルトが結構な驚くべきことを言っているのに、陛下にはその素振りが微塵も無い。

これは、裏では陛下とレオンハルトの間ですでに調整がついていると言うことだ。それをわざわざ芝居がかったやり方で公表しているに過ぎない。

ん?

と、そこでユーナは引っかかりを覚える。

『裏で調整が付いている』……。

当然ながら、婚姻は一家門のみで成立するものではない。

それは、つまり、リーズ家も一枚噛んでいることを意味するのでは、ないか?

確かめるために養父ザツィオンを見上げる(ザツィオンは背が高いので)と、彼の頬にはーー。

滂沱の涙……。

「なんで……」

と言いかけたところで、兄ザツィオンがユーナに耳打ちする。

「ベアトリクスが嫁いだときも、父はこんなだったよ。まあ、娘を手放す父の複雑な感情という奴だね」

いつか、僕も味わうんだろうなあ……と、遠い未来の自分を想像しているらしい兄ザツィオン。最近、娘が生まれたので、この手のことには感情的になるらしい。

いや、そんなことより。

兄ザツィオンの所為で有耶無耶になりかけたが、この婚約話、養父ザツィオンも承知の上のことであるのは、間違いない。

だが、当事者にまったく何の相談もないのはいかがなものか。

少なくとも、事前に連絡くらいあってしかるべきじゃないのか?

まあ、事前に知らされていたら、徹底抗戦していただろうけれども。

貴族令嬢の立場上は仕方ないのかも知れないが、仮にも親娘(おやこ)として、話して欲しかった。

そう思うのは我が儘や贅沢だろうか。

「……お養父(とう)様の感情は判りましたが、当事者のわたくしの気持ちは、判ってくださらないのですね」

兄ザツィオンは「えっ?」と、さも想像外のことを言われた時のような表情をしてから、

「僕は又聞きだけど、父上は判っていると思うよ、君のレオンハルト殿への気持ちは」

「何ですかそれ! あたしは……」

とユーナは言いかけて言葉に詰まる。それ以上を口にすることに、なぜか躊躇いを覚える。

その時、小雨のようにユーナに涙の雫が降りかかった(養父ザツィオンは背が高いので)。

どうやら、兄ザツィオンの言葉に同意の意味でぶんぶんと首を縦に振ったからのようだが……ユーナはなんとなく軽い苛つきを覚えて、忍ばせておいたハンカチで顔を拭い、髪を拭く。妙齢の女性だったらもっとしっかりと化粧していたはずなので、顔面上の被害が無かったのは助かったが。

「わ、わたしは別に、レオンハルト様とは、何も……」

なんだか拭ったばかりの頬が熱い。そんなに強く拭いたつもりはないが、もしかして赤くなっている?

「では、取りやめにするかい?」

養父ザツィオンは身を屈してユーナの視線に合わせて(涙に濡れたおっさんの顔は暑苦しいことこの上ないが)、真面目な顔で言う。

「えっ、 ……そんなこと……」

出来るんですか? と続くはずだったユーナの言葉は尻すぼみになる。結果として、2人のザツィオンには、

『望んでません』

という言葉で補足解釈されてしまう。

つまり。

そんなことは望んでいない→婚約を取りやめにしない→婚約を受け入れる→ユーナの気持ちに関して自分たちの理解に間違いは無い、と2人のザツィオンは理解したわけだった。

まあ、頬を赤らめている時点で、他人から見れば『その気持ちがある』と言っているも同然なのだが、当の本人が自分の感情にだけは疎いため、残念ながらそのことに気付けていない。

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