緋針
「ブロートをどこにやったの?」
案の定、イルザが聞いてきた。
誤魔化す言葉を思いつけない。仕方なく、
「食べた」
とユーナが答えると、間髪入れずに、
「嘘仰い」
と否定された。
「お隣さんから話は聞いているの。あなたがブロートを持ち出しているって。どこに持っていっているの?」
ユーナは本当のことを言うべきか迷った。言えば、きっとルーに会うことを禁じられる。
それは嫌だった。
ユーナが黙り込むと、イルザはユーナの頭の上に手を置いた。
「大方、浮浪児にでも分け与えているのでしょう?」
その声は優しかった。
驚いたユーナは、イルザを見上げる。
やはりイルザは微笑んでいた。
「あなたは、その思いやりの気持ちを忘れてはいけない。それはとても大切なこと」
「うん」とユーナは頷いたけども、この時はイルザの言葉の本質は判っていなかった。
「でも、それはそれ! これはこれ!」
イルザの口調がいきなり変わる。明らかに怒っている。
両の頬をつねられ、引っ張られた。
「いひゃい! いひゃい!」
「いい? 食べ物を盗むような真似は二度としないこと。浮浪児とも縁を切りなさい」
想像していた通りの言葉だった。
「でも、友達になったのに」
反論しようとしたら、頬をつねる力が強くなった。
「ひひゃいお!」
「あなたがブロートを与え続ければ、その子たちはあなたに依存することになる。でも、あなたはその子たちをずっと面倒みることはできないでしょう? そうするとあなたが居なくなった時、困るのはその子たちなの。だから、会わないようにするのがその子たちのためになるの」
イルザの言葉は、6歳のユーナには難しい。だが、理屈はよく判らないまでも、ルー達が困るというならイルザに従うしかないと、ユーナは思った。
それから2週間くらい過ぎたある日、ウドがひょっこりとユーナの家に現れた。
ノックがあったのでドアを開けるとそこに居たのだ。
「お、やっぱりこの家だったか。探したぜ?」
「……ウド。どうやってここに?」
「仲間の伝手をたどってな。それにしても、どうしたんだ、最近。ルーも寂しがってるぞ」
「もう行けないと思う」
「なんでさ?」
「イルザが……家族が許してくれない」
「そうか」
ウドはがりがりと頭を掻いて残念そうな顔をした。
「まあ、そうだよなあ。ちゃんとした家の子供が浮浪児と付き合いがあっちゃ良くないよな」
「あたしはそんなこと思ってないよ?」
「それは判ってるさ。……ルーにはもう会えないって伝えておくよ。それから俺も、もうここには来ないようにする」
「でも……」
ユーナは会えなくなるのを寂しく思った。
「じゃあな」
ユーナがが何か言うよりも先にウドは別れの挨拶をして走って行った。
だが、縁というものはなかなか切れないものだ。
ある日の夕方、ドアにノックがあった。そろそろイルザが帰ってくる時間だったが、イルザはノックをしたりしない。
ユーナが恐る恐るドアを開けると、立っていたのは、もう会えないはずのウドとルーだった。
「悪いが、これを預かってくれ」
ウドは手のひらを差し出す。その上には金属らしい細い棒が乗っていた。長さは肘から指の先までくらい。その先端は鋭く尖っていた。
ウドは急いでいるようだった。ユーナは深く考えないまま、その棒を受け取った。
「また来る」
と言ってウドは駆け出す。
ルーがユーナを見てにこりと笑った。ユーナは何も言わずに見つめ返した。それだけで、気持ちが伝わった気がした。
「何やってるんだ、ルー!」
ウドが急かす。ルーはウドの後を追って小道に姿を消した。
預かった棒をどのように扱うべきか、ユーナは迷った。
ウドの様子から見て、盗品である可能性は高い。追われる途中でユーナに預けたと考えられる。
そんかものを預かるのはリスクが高い。しかし一方で、ウドたちの信頼には答えたい。
ユーナはイルザには告げず、家の中にこっそりと隠しておくことにした。ウドとルーが引き取りにまた現れることを期待して。
それはそうと、その金属は見たこともない物だった。
陽に当てる角度を変えるだけでで赤くなったり青くなったりする。見ているだけで楽しい。
それが緋鋼であることを、この時のユーナは知らない。その形状から、それが緋針であることも。ただ、かなり貴重な物だとは判っていた。
緋鋼は帝国が管理しているので、基本的に緋鋼が世の中に流通することはない。ただし緋針の場合は投げて使用することもあるから紛失しやすい。
この時ユーナが手にした緋針は、そういった類のものだろうと思われた。
ただ、貧困地区で魔物狩りが行われたという話はや無かった。だから、緋針の出所は不明。
後で、ウドは緋針は拾ったのだとユーナに語った。




