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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
水と炎と決別と。
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リッツジェルド家2

帰郷して一ヶ月が過ぎようとしていたある日の朝。

俺は、いつになく騒々しい館の中に異変を感じ、ベッドから起き上がって着替えを済ませると、すぐに自室を出た。

偶々通りかかった侍女を呼び止め、

「やけに騒々しいが、何かあったのか?」

聞いてみると、侍女はかなり躊躇いながら、

「食堂にお出でくださいませ」

とだけ告げ、そそくさと去っていった。

食堂と言うからには、普段、リッツジェルド家の者が食事する場所のことで、使用人達が食事する場所ではあるまい。


これから朝食を採るのだから、ちょうど良い。

ただ、普段のように、安穏としてブロート(パン)を口に運べるとは、思えなかったが。


食堂の入口には、多くの使用人達が集まり、室内を眺めている。

やはり、何か良くないことが起こっている、そう推測するのに十分なほど、彼らの表情は暗く、不安あるいは恐怖に彩られていた。

「坊ちゃま」

その中の1人が、俺の存在に気付く。

そして執事の1人が、俺の所まで来て、

「どうか、気をお確かに。レオンハルト様ならば、大丈夫と信じております」

と俺の両肩をがっしと掴んで告げる。

これは余程のことが起きている。

そう、考え、覚悟を決める。

しかし、その覚悟でも、足りなかったことを、俺は食堂に入って知る。

食堂の扉は開け放たれていて、近付くと、鉄のような匂いと、記憶にない匂いが混じり合って鼻につく。

何やら、生臭さを感じさせ、本能的に嫌悪を感じたが、そのまま食堂に入る。

窓から朝の陽の光が差し込む中、まず目に付いたのは、色が変わった床。

まるで赤茶色の液体を撒き散らしたように、床一面に広がっている。もっとも、その表面は既に乾き始めているが。

そしてその中央に、膝をついて座り、腹を押さえている男。

一目で父と判ったが、彼は微動だにせず、ただ、そこに配置された青銅像のように静かだった。

おかしいと思ったのは、その背中から、先の尖った棒が生えていることだ。父はこちらを向いて座しているので、こちらからは、父の背後から棒が突き出ているようにしか見えない。

そして、それは、さらに嫌な想像を惹起する。

彼に近付いてみて、それが、案の定、剣であると知れる。

つまり、父は腹を刺し、その剣先が背中から突き出ているのだ。

そうか、死んでいるのか。

これは、見る限り、自殺。他殺の可能性は、まず無い。

だが、なぜ、父はこんなことを?

息子としては、この父が自ら命を立つような性格だったとは想像すら出来なかった。

リッツジェルド家の使命たる魔術研究に明け暮れてきた父だ。それを放り出して父がこの世から辞去するなんてことは、俺は考えたこともなかった。

その意味では、またしても父は俺の推測を超えてくれたわけだが、父の考えていたことなど、それを唯一知るはずの父が居ない以上、もはや確認することは出来ない。

だから本当のところは判らない。

だが、想像はつく。

もしかすると、また、想像を超えているかもしれないが、それでも思い付くことがある。そして、今回は外れてはいないだろう。

そう思うだけの自信がある。


……なぜなら、状況から考えて、それしかあり得ないのだから。

つまり、母の死が、父の自殺を招いたのだ、と。


動かなくなった父の顔をのぞき込む。

苦悶が刻まれているかと思いきや、意外にもその表情は穏やかだ。

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