決別の刻3
1階の部屋に戻り、ユーナとレオンハルトが腰を落ち着けたところで、待っていたゲーアハルトが突然、話を切り出す。
「レオンハルト様、我が家門の真髄をお伝えしましょう」
ゲーアハルトの真面目な表情は変わらないままだ。
前回、レオンハルトと会話したときは、『真髄は明かさない』と言っていたはずなのだが、どういう心変わりなのか。
ユーナは疑問に思ったが、黙っていた。レオンハルトがその質問をするだろうと思ったからだ。
「このタイミングで、か? バウタウバー卿。すでに我が一族の事情もある程度判っているのだろう?」
「はい、そのつもりでおります、その上で、……申し上げております」
「そこまで言うのなら、聞かせてもらおう」
「はい、……我が家門の研究の真髄、それは『不死』の探索です」
レオンハルトはほとんど表情を変えなかった。
「なるほど。しかし、貴家の研究は……」
「はい、心得ております。リッツジェルド伯爵家のそれには遠く及びますまい」
「それが判るなら、いったい、何を?」
「レオンハルト様は『不死』をどのようにお考えですかな?」
「いきなりだな」
「まあ、そう仰らずに」
「魂の定着ーー、それが最低限の要件となるだろう」
「仰る通り」
人が死ねば、魂は肉体を離れ、やがて精霊と素精霊に分解し、世界の一部に帰る。そうなれば魂が保持していた記憶も経験もバラバラに散佚し、生前のその人物を再構成するのは不可能となる。
不死を実現する上では、これが一番のネックとなるのだ。
いかにして魂の分解を防ぎ、魂、つまり複合精霊の状態を維持するか。
「魂を定着化させることのみに着目するなら、それは可能です」
「簡単に言ってくれるが、それは〈世界〉との繋がりを絶つということ。〈世界〉の上に生きる限り、それは不可能に近しい」
「ならば、〈世界〉が関知しないものを用いれば良いでしょう。……お忘れか? 我が家門の研究は『精霊流』を基幹に据えていることを」
「……そういうことか」
理解が行ったように頷くレオンハルト。しかし、表情は固い。
ユーナにはもちろん、2人の会話の意味が全く理解できない。アンナに視線を送ると、こくりと無言の頷きが返ってくる。
これは、『後で説明します』か、『説明してもあなたには判らない』というニュアンスだと、ユーナは受け取った。
だが、僅かとは言え、理解できることもある。
ゲーアハルトは『不死』と言った。
それはつまり、まさに命の灯火が消えようとしているツェツィーリエを生かす手段を提示している。
なぜなら、リッツジェルドの研究命題も、同じ『不死』。そしてレオンハルトはそれを以て母の命を繋ごうと考えていたのだから。
しかし、それには課題も多い。
「『精霊流』に乗った魂は『不活性化』する。つまり、『精霊流』の流れの中にある限り、その魂は意識もなく、まして感情の動きもないーーサルベージされるまで。それで本当に……『不死』と言えるのか? 仮にそうだとしても……」
レオンハルトの言葉は尻すぼみになる。それが理論として『不死』と言えたとしても、感情がそらを受け付けないのだ。
レオンハルトは『領主の庭』の地下遺跡で見た、サルベージされ、再び生物としての実体を得た異界の生物を思い出す。『精霊流』に乗って数千年を流れ、自分の知らない〈世界〉で再び生きる。
母をそんな境遇に落とすことが、本当に正しいことなのか?
……どうしても否定の言葉しか思い付けない。
「それは『不死』です! さらに言うなら、我々人間に許された、数少ない『不死』です!」
ゲーアハルトが大きな声で断言し、レオンハルトはぴくりと肩を振るわせた。ゲーアハルトは続ける。
「死とは魂の分離・分散にほかならない。それに抗うことが叶うなら、それは死に抗うのと同じです!」
「……」
「ですが、わたしの提案は、『精霊流』にお母上を預けることが主眼ではございません!」
「どういうことだ?」
「ご存じの如く、『精霊流』には『降流』と『昇流』があります。『領主の庭』の流れは『降流』、いわば、〈世界〉の外からやってくる流れ。そして降りがあれば、昇りもあるように、『昇流』もございます。そしてそれは帝国内に存在しているのです」
「『昇流』、すなわち、ティレリアの外へと向かう流れ、か。……降りと昇りの2つの流れは地下で繋がっている、そう言いたいのか?」
「仰せの通り。それを『龍脈』などと呼び習わすこともございますな。であれば、魂が『昇流』に乗る前に捕まえることが出来れば……そして、それまでに生物化の方法を確立することが出来れば……魂は再び、生物として蘇るでしょう、この〈世界〉で!」
ゲーアハルトの説はなるほどと思わせる部分がある。だが、まだ、足りない。
「流れが降ってから再び昇るまでの時間は? 方法を確立ほどの猶予があるのか?」
「流れの速度を測る術が無いため、はっきりとは申せませんが、10年単位の時間がかかるのは間違いございません」
「サルベージの方法は? 我々にそんな技術はない」
「我々にはありませんが、残されてはおります。『昇流』を対象としたサルベージ施設が」
「どこにる?」
「メーゼンブルクに」
「あそこか」
「はい」




