アンナの思惑2 〜 決別の刻
土曜日分と本日分です
「『領主の庭』って、そこまでしないといけないものなの?」
「はい、あの場所は危険です。そして、そんな場所を所領としているのは、どなたでしょう?」
「あたし?」
「はい、ユナマリア様ですね」
「でも、武門貴族なのに……」
「その辺りは、ご当主様とのご相談となるでしょう。ですが、メリットもあります。……ユナマリア様が学館に入館されれば、レオンハルト様ともご一緒できますよ?」
「え、メリットって、どういうこと?」
「あ、お判りにならないのでしたら、大丈夫、問題ございませんので。お気になさらないでください」
「いや、気になるんだけど」
「あまり気になさると、その気がある、と誤解されることになりますが」
さすがにここまで言われれば、アンナの言わんとするところはユーナにも理解できる。
要は、ユーナのレオンハルトへの気持ち。な訳だが。
「そっ、それはアンナの考えすぎだと思うんだけどっ⁉」
「そうですね、そう言うことにいたします」
あくまでも淡々と答えるアンナに、ユーナで遊んでいる印象は無い。
アンナがどこまで本気で言っているのか判らないが、とりあえず、このまま否定を重ねると自滅するだけだとユーナは悟る。
痛くもない腹を探られても困るとは思う反面、顔が熱っぽくなっているのも確かなことだった。
アンナの采配で、ゲーアハルトが『領主の庭』に入るようになって半月ほどが経った。ゲーアハルトは精力的に調査と研究を進めているようだ。大穴も見つけたようだが、それを発見した日は夜遅くにも関わらず、ユーナに報告しようとしてブリギッテに止められたと聞いている。
大穴の下に降りる算段は、まだ立っていないようだ。大穴の下がどうなっているのか、ユーナとしても気になるところだが、無理はしないで欲しいと思っている。
その間に、ユーナは幾つかの社交を済ませたが、ツェツィーリエがそこに顔を出すことは無かった。
ほんの短い時間だけ会ったときの、ツェツィーリエの憔悴した姿、それからレオンハルトの焦燥から想像するに、彼女の容態は良いとはとても言えない状況なのだろう。
だと言うのに、ユーナは手紙一通出せずにいる。
その手紙によって、かえってツェツィーリエが気を遣い、無理をするようなことになりはしないかと考えてしまうからだ。
レオンハルトは一度、帝都に戻ったと聞いた。父親の研究の状況を確認しに行ったのだと思われた。
その日、ユーナはアンナと共に、ゲーアハルトとブリギッテと会っていた。ゲーアハルトの方から是非とも報告したいことがあると連絡を受けたからだ。ブリギッテが付き添っているのは、ゲーアハルトには手綱が必要と思ってのことだろう。その方がユーナも安心できる。
ゲーアハルトの報告は、大穴の中での出来事を覚えていないユーナには真新しい事実も含まれており、アンナにとっては、ゲーアハルトの調査研究に対する評価を改めさせる成果が含まれていた。
「つまり、『領主の庭』の地下には遺跡が埋まっていて、その遺跡は、まだ動いている……人が居る、ということ?」
『遺跡が動いている』ということが理解できないユーナは聞き返した。
「いえ、人間の波長は観測出来ていません。どうやら、自動で動いているようてして……いやはや……」
と、その後は神代の叡智の素晴らしさを語りだすゲーアハルトだったが、後頭部をブリギッテに叩かれ我に返る。
「申し訳ございません、ユナマリア様。いささか興奮してしまいました」
いささかというレベルではないよね……。とは思うが口に出さない。
「自動で動いているとしても、それがどうやって判ったのですか?」
ゲーアハルトが大穴の下に降りたという報告は受けていない。つまり彼の調査は地上に限られるはずなのだ。
「あっ……と、説明を差し上げておりませんでしたかな。これはいわば、我が家の特技でして、他でも無いユナマリア様がお相手ですので正直に申し上げますが、我が家門の者は、持力、介力など、およそ魔力と呼べるものであれば地上だろうが、地下だろうがひかりのように視認できるのです!」
「それは、すごい」
思わずユーナが声に出すと、ゲーアハルトはとても誇らしげに胸を張ってみせる。
そう言えば、そんな話を娘のヘンリエッテから聞いていた。ただ、地下の魔力まで見ることができるとは思っていなかったが。
彼の目には、世界はどのように映っているのだろう? 興味本位にそんなことを思うが、説明されても理解できるとは思えないし、ゲーアハルトの説明だとか長くなりそうなので訊くのはやめる。
「魔力の流れを確認した限りでは、地下の遺跡は『介力』と『精霊流』の魔力を源として動いております。つまり、半永久的に稼働が可能なわけですな!」
「そうなのね」(普段なら『へー』とか返すユーナだが、相手が大人でそこまで親しくもないので、よそ行きの返事になっている)
「さらに遺跡は、『精霊流』への干渉を行っているようでして、つまりは『彷徨える魂』の救出を行っている可能性もある訳です!」
「なるほどね」
と、こんな感じにゲーアハルトが説明を続けていた時、ドアにノックがあり、侍女が姿を見せる。
来客中に、用事を依頼してもいないのに侍女が姿を見せるのは、何か重要な報告を持ってきた可能性がある。
アンナに対応を任せると、侍女はアンナに紙片を渡してドアの向こうに消えた。
アンナは紙片を一瞥すると、ユーナに手渡してくる。その、差し出す手が、わずかに震えているのが見える。顔を見れば、口をきゅっと結んで、強張った表情。
「お話の途中でごめんなさい」と断りを入れ、ユーナは紙片を受け取る。
二つ折りにされた紙片に書かれていたのは、
至急、貴族街の我が屋敷にお出でいただきたい。
レオンハルト・リッツジェルド
と、書いてある。
具体的なことは何も書かれていない。
だと言うのに、ユーナは、その言葉の意味が理解できた。
それは、理解したくもない、おそらくは最悪の事態。
「バウタウバー卿、ごめんなさい、緊急の用事が入ったようです、この話は、機会を改めさせてもらえますか?」
そう言う声は、震えていた。
ゲーアハルトがどのように答えたのか、その言葉はユーナに耳には入らなかった。
最低限の身嗜みを整え(ゲーアハルトに会うために外出できる衣装に着替えていたのは幸いだった)、屋敷を出ると、前庭にはすでに馬車が用意されていた。
執事のクラウスが「お乗りください」と告げるのを待たずに、ユーナは馬車に乗り込む。
アンナがその後ろから乗り込んでくる。何も言わなくても、ユーナのことを考えて動いてくれるのはありがたい。
「お願いします」とアンナがクラウスに告げると、馬車が動き出す。
坂を下り、アルア市街を通る。
「手紙には何も書いてなかったけど、……そう言うことよね」
ユーナは絞り出すような声で、独白のように言った。
「はい、覚悟はなさった方がよろしいかと」
アンナの答えは、冷たいようだが、今のユーナに必要なものを的確に言い表している。
イルザのことを思い出さずには居られない。自分を育ててくれた女性。後でリーズ家のメイドだったと聞いたが、それでも、その最期までユーナのために尽くしてくれた。
ツェツィーリエはイルザとは違う。だが、親しみと信頼で結ばれた相手。母のようで、姉のようで、友人のような存在。
彼女もまた、ユーナの傍を離れ、遠くへ行ってしまうのかーー。
ユーナは、かたかたと震え出す自分の身体を、抱きしめるようにぎゅっと押さえた。




