リッツジェルド家の真相
興味のあることにしか頭が働かないゲーアハルトはそれに気づいていなかったが、ブリギッテは判ったようだ。しかしだからと言って、伯爵家のレオンハルトに抗議することは、余程の正義がない限り、男爵家には難しい。
ここは、『子供の言ったこと』と言うことにして、聞かなかったことにするのが正しい対応。ブリギッテはそうした。
「真実を追究しようという思いは、誰であっても変わることのない尊いものと思います」
そう返したのはアンナだった。
その言葉ではっと我に返るレオンハルト。
「すまない、失言だった……」
「謝罪は、ゲーアハルト様になさって下さい」
「そう、だな。すまなかった、バウタウバー卿」
「何のことですかな?」
ゲーアハルトの返事は、本当に判ってないが故に出た言葉だ。
「こんなものでも、何かのお役に立てるかも知れません。どうとでも使い倒してやって下さいませ」とブリギッテ。
相変わらず夫の扱いが酷すぎる。
ユーナもレオンハルトも、内心そう思ったが、彼女の台詞は笑いを誘うには十分だった。
「それでは話を戻しますが、『領主の庭』へのバウタウバー卿の関わり方については、わたくしに一任いただいてよろしいでしょうか?」
「アンネッテの考える通りに」
「承知しました」
と軽く会釈するアンナの目が、きらりんと光ったが、ユーナからはそれを確認することは出来なかった。
気まずいと思ったのか、バウタウバー一家の馬車を見送ったと思うと、レオンハルトが、
「今日は、失礼するよ」
と挨拶し、帰ろうとする。
「ちょっと待ってくれない?」
ユーナがそれを呼び止めた。
時刻はちょうど午後の3時頃。
「珈琲を、どうかしら?」
「いや、俺は……」
「今後のこととか、あると思うし。ね?」
「わかった。少しだけなら」
レオンハルトはユーナが言葉に含ませた意味に気づいたようだ。
「ありがとう」
「いや、こちらこそ」
先ほどまでバウタウバーの面々とお茶をしていたので、珈琲が飲みたい訳ではないのだが、レオンハルトを引き止める口実に咄嗟に出たのが、それだっただけだ。
そのままレオンハルトを別の応接室に案内する。
何かあったときのために、アンナにも同席してもらう。
すぐに珈琲は運ばれてきたが、ユーナも、レオンハルトも、口を付けようとはしなかった。
ユーナは悩んでいた。
彼が深い悩みを抱えているのは、間違いない。あのまま別れてしまっては、気になって何も出来ない、と思うくらいには気がかりだった。
だから呼び止めたのだが、何か良い案がある訳ではない。
レオンハルトから話してくれれば良いのだが、どうもそういう訳にも行かないそうだ。かと言って、こちらから話を振っても良いものなのかどうか。だが、レオンハルトがどんなことで悩んでいるのかが、判らない。
そんな風にユーナが躊躇っていると、アンナが単刀直入に話を切り出した。
「ツェツィーリエ様のことですか?」
その問いかけに、俯いていたレオンハルトは、顔を上げる。
「アンネッテ嬢はさすがだな」
「レオンハルト様の言動から推測しただけです」
「そんなに、表に出ていたかな、俺」
「ですから推測です」
ツェツィーリエの名が出て、レオンハルトがそうと認めるのなら、ユーナにも彼の悩みが理解できる。
「ツェツィーリエ先生の具合が良くないの?」
ユーナの問いに、レオンハルトはすぐには答えない。言って良いものか、逡巡している様子。
「先生のことなら、あたしにも関係ある!」
レオンハルトは諦めたように小さくため息をついた。
「そうだな、ユナマリア嬢にも無関係ではないな」とレオンハルトは一呼吸置いて続ける。
「……母は、医者からは不治の病と診断されている。……もう半年も保たないだろうと」
「そんな……!」




