レオンハルトの思惑3
「ゲーアハルト様に、お伺いしたいことがございます」
「何なりと!」と即座に返すゲーアハルト。
「『彷徨える魂の生物化』という言葉から推察しますと、ゲーアハルト様は精霊流から魂をすくい上げ、その魂に肉体を与える、いわば蘇らせることを1つの目的とされている……という理解でよろしいですか?」
「仰る通りです」
ゲーアハルトは、驚きと共にそう答えた。娘と同世代の少女が、『彷徨える魂の生物化』の意味を適切に理解していることに驚いたのだ。
しかしアンナは、
「すばらしい……」
と話しかけたゲーアハルトを遮って、淡々と言葉を続ける。
「生物化に成功した場合、異世界の存在、つまりこの世界の知識や常識が通じない存在が、生を受けることになりますが、その者が危険ではない、と言い切れるものでしょうか?」
実際、ユーナは覚えていないことだが、ユーナ達が『領主の庭』の大穴に潜った時に遭遇した『異界の生体』は、相容れるとは思えなかった。恐らくは、こちらが生き残るか、あちらが生き残るか。そのような関係しか築けないとしか思えない。
そんな現実を知るアンナからすれば甘いと言わざるを得ない答えが、ゲーアハルトからは返ることになる。
「それは……すくい上げた魂の性質に依る、としか答えられませんな。……ですが、紋章魔術の応用で、その存在に制約を課すことは可能と考えています」
「その制約は、実証済みでしょうか?」
「いいえ、実証はできていません」
ゲーアハルトは、唇を噛む。
つまり、ゲーアハルトの手によって生物化された異世界の存在が、悪意ある存在だった場合、それを制御する方法は理論的にしか証明できていないということになる。
「事情は理解いたしました」とアンナは、ゲーアハルトに告げ、それから、
「ユナマリア様、私の考えを述べさせていただいても?」
とユーナに視線を向けた。
「許します」
もちろん、ユーナに否やはない。
「ゲーアハルト様の魔術研究は、価値のあるものである反面、とても危険を伴うものと考えます。その危険は、残念ながら、武門貴族であるリーズ家には手に余るほどのものでしょう」
「では、彼らに許可は与えない、と?」
ゲーアハルトの表情が一気に暗くなる。
「いえ。危険ではあありますが、うまく制御さえできれば、逆に『領主の庭』のリスクの軽減に繋がる可能性はあるかと」
「本当に?」
ユーナが思わず念押ししたのは、アンナの言葉を疑ったというよりは、どうやったらそんなことが出来るのか、想像が出来なかったらだ。
「はい。出来ると思います」
ユーナがじっと見つめる先のの、アンナの瞳に、揺らぎは無い。
これは、何か策がある、と言うことだろう。そして、その策は、この場で説明することが出来ない類のものだと、ユーナは理解した。
「……アンネッテがそう断言するのなら、わたくしはそれを信じましょう。アンネッテの考える方法をやってみてもらえる?」
「待ってくれ!」
と、敬語も忘れ、会話に割って入ったのはレオンハルトだった。
「アンネッテ嬢は、バウタウバー卿があの場所の真実に迫ることが出来るなどと、本当に考えているのか?」
その声には、今までにユーナが聞いたことも無いような、切羽詰まったものが含まれている。
そしてその言葉には、バウタウバー卿に対する、レオンハルトの本心ーー蔑みが滲み出ていた。
つまり、
領主の庭をバウタウバー卿に任せるには、彼は力不足である
と暗に言ってしまったことになる。
普段の彼からはとても想像できないミス
そして、そのミスにレオンハルトは気づいていなかった。




