ウドとその仲間
「お前だよ、お前。無視すんな」
無言で振り向くと、そこにいたのは、さっきぶつかってきた男の子だった。
何の用事があるのかと、ユーナは怪訝な顔で男の子を見た。
「そんな顔するな。さっきはぶつかって悪かったな。詫びにこれやる」
彼が差し出したのは青い小さめの林檎だった。
ユーナはもらうべきか迷った。なぜなら、その林檎は、さっきの逃亡劇の戦利品に違いなかったから。
つまり、盗んだ物ということだ。
それを察したのか、彼は、
「安心しろ、これを持ってったからって捕まることはない」
どういう根拠でそう言う結論が導き出されるのか、全く理解できなかった。だが、持って帰る方が良いともユーナは思った。
つまり、理性では受け取ってはいけないと知りつつ、感情というか、欲求的には貰いたくてしょうが無かった。主に食欲がユーナを突き動かしていた。
結局、ユーナは林檎を受け取った。
「俺はウドってんだ」
彼は歯を見せてにっかり笑いながら自己紹介する。
「この辺りで子供だけで暮らしてる」
つまり浮浪児ということだ。親に死に別れたか捨てられたかして、孤児院にも行かない、街の隅っこで生活する子供たち。
「あたしはユーナ」
「ユーナか。お前は家族と暮らしてるのか?」
「うん」
「そうなのか。そうだよな」
ウドはユーナを上から下までじろじろと見た。
「な、なに?」
「ま、服がちゃんとしてるしな」
とウドは言ったが、ユーナが着ている服はお世辞にもちゃんとした物とはいえない。継ぎ接ぎだらけのパッチワークだ。
ウドは残念そうに眉を寄せた。
ユーナは彼の思わせぶりな態度が気になる。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。じゃあ、またな!」
そう別れの挨拶を言ってウドは行ってしまった。
さて、その後、家に帰ってみるとイルザはすでに家におり、どこに行っていたのかと怒られた。
「これをもらった」と青林檎を渡そうとして、また怒られた。
「これは売り物でしょう? どうやって手に入れたの⁈」
「知らないの男の子にもらった」とユーナは素直に答える。
「どうして知らない子がくれたりするの?」
「その男の子があたしにぶつかって、そのお詫びにって」
イルザは盛大にため息を付く。
「その子がどこに居るのか知らないのね?」
ユーナは首を縦に振る。
「今さら店に返す訳にも行かないし……。仕方ない。食べてしまおう」
イルザは笑顔になった。
行動範囲が近所に制限されていることが苦痛なのだろうと察したイルザによって、ユーナは遠出することを許可された。
ただし、しっかり約束した上で。
知らないの人にはついていかないこと。特に商人と聖職者に気をつけろと言われた。商人の中には人買いが混じっているから。聖職者は強引に孤児院に連れて行こうとするから。イルザは聖職者を毛嫌いしていた。
人の多い場所には行かないこと。市場、大通りなどが当てはまる。迷子になりやすいし、人攫いがいて目を付けられる可能性がある。小道に入ったところで連れ去られることになる。
夕方になる前に家に帰ること。これはまあ、当然だろう。いわゆる門限だ。
浮浪児や盗人には関わらないこと。悪い友達が出来ないようにと言う配慮。
この最後の約束を、ユーナは守ることが出来なかった。
冬も間近なある日、ユーナが小道を歩いていると、突然男の子が目の前に現れた。
「ユーナじゃないか。こんな所で何してるんだ?」
ウドだった。
「えーと、散歩?」
ユーナが疑問形で答えるとウドは「なんだそりゃ」と言って笑った。それから、
「ちょうど良い、少し付き合え」
と言ってユーナの手を取る。有無を言わさない行動に、ユーナは従わざるを得なかった。
彼が連れてきた場所は、ぼろ屋に囲まれた小さな空き地だった。そこには数人の、ウドと同じような浮浪児がたむろしていた。
「こいつらが俺の仲間だ!」
嬉しそうにウドが紹介したのは4人だった。
アル。ウドと同じくらいの年頃の男の子。浮浪児とは思えない賢そうな顔立ち。髪は濃い茶色。
カッツ。男の子。カッツは名前ではなくあだ名で、猫という意味。小柄で、すばしっこそう。金髪。
テオ。身体が一番大きく、力持ちのようだが、ぼーっとしている。黒髪。
そして最後が、ルー。女の子。口数は少なく、いつも微笑んでいて大人しい雰囲気。髪は亜麻色。
ユーナはこのルーが気になった。
それはウドの思惑通りだった。ユーナは後で気づくことになるが、ウドは唯一の女の子であるルーに同性の友達を作ってあげたかったのだ。
ユーナは主にルーに会うためにこの浮浪児の集団と遊ぶようになった。




