お祭り風なお茶会とメルテヒルド
さて、貴族達の集会では毎度恒例の、家格の低い者から到着するシーンは、描写が単調になるので省かせていただきたく(けして、作者が面倒だからではない)。
今回のお茶会ならぬお祭りでは、ユーナが前回と同様に、それぞれの令嬢に時間を指定していたので、到着の順番が狂うようなことはなかった、とだけお伝えてしておこう。
時刻は昼過ぎの1時頃。
場所はリーズ家屋敷付属の庭園にあるガゼボ(洋風東屋)。その屋根の下にテーブルと椅子を置き、その周囲に暖となるよう、かがり火を置く。
そしてガゼボから少しだけ距離を置いて、4つの屋台ーーブラートヴルスト屋、マローニ屋、シュネーバル屋、そしてキャンドル(ケルツェ)屋ーーを配置する。
令嬢達には前もって伝えていたはずだが、みんな、どことなくそわそわしている。楽しみにしているからなのか、困惑しているからなのか判らないが、ユーナとしては前者と思いたいところ。
そんな中で、ひとり、目をキラキラ輝かせているのがメルテヒルド。モノクルをしていても、わくわくしているのが見てとれる。
何となく、知っているメルテヒルドと雰囲気が違う……ユーナはそんな風に思ったが、そのイメージが当たっていることを、ユーナ自身、これから知ることになる。
屋台それぞれの店員達はというと、こちらは明らかに緊張している。貴族の邸で屋台を構えることなど、初めてなのだから仕方が無い。
それでも、料理を供する3つの屋台は、それぞれの作業を粛々と進めているのは、さすがだと言える。
「皆様、よくお集まりくださいました」
ユーナが挨拶すると、令嬢達はみな、にこりとして頷いてくれる。何が起ころうとしているのかはさておき、参加してくれたことに他意は無いようだ。
「本日は、アルア市の祭の雰囲気を味わっていただこうと、趣向を凝らしてみました。周りに立っている緑色の小屋は、屋台と言って、街の中で食べ物や土産物を売るための小屋です。祭りで実際に使われている小屋をここに建ててもらいました。中で働いている皆さんも本当の店員さんです」
と、説明し、続けてそれぞれの屋台が供するものを説明する。
楽しそうにしているのは、ツェンツィ、ヘンリエッテ、メルテヒルドの3人。
戸惑っているのがグリッドとリンデ。
微妙な表情なのは、レクシーだ。
まあ、貴族の反応としては、レクシーのものが妥当なところだろう。
なぜ、自分が庶民の真似事をしなければならないのか? と。
ユーナも絶対的自信がある訳ではないが、お堅いレクシーでも4つの屋台の中で気に入る物はあるはず、と思っている。
それにしても驚きなのは、侯爵家の2人が興味津々に屋台を眺めていることだ。
「どうすれば良いのかな、ユナマリア様。僕としては早く食べてみたいんだけど……」
とメルテヒルドが、抑えきれない様子で訊いてくる。
「そうですね……」
と答えながら、ユーナは違和感を感じずにはいられない。
僕? メルテヒルドって、僕っ子だったっけ?
いや確か、以前は普通に令嬢言葉で会話していたはず……。
他の令嬢達も、少し驚いた様子で、レクシーなどは、彼女にしては珍しく、ぽかんとしている。
皆の反応に気づいたのか、メルテヒルドが少し恥ずかしそうに、
「失礼いたしました、素が出てしまったようです」
と口を抑えた。
「……」
「良いのではないかしら?」とツェンツィ。
「何が、でしょう」とメルテヒルド。
「この場は社交の場とは言え、仲の良い者だけが集まった場ですから。自分を取り繕ったり、飾ったりすることは必要ないでしょう」
「ですが、わたしは……」
「メルテヒルド様、もしあなた様との心の壁をそのままにしたいと思っているなら、あなた様をお招きしたりしませんよ」
ユーナは持って回った言い方で告げるが、本心は伝わったはずだ。
「感謝します、ユナマリア様、クレスツェンツ様」
と、ここまでは令嬢の口調で言ったメルテヒルドだが、その先はがらりと変えて、
「では、僕のことはヒルデと呼んでくれないかな」
と愛称呼びを提案してくる。
「もちろんよ、わたしはツェンツィと呼んでください」
「わたしはユーナと」
「ありがとう、ユーナ、ツェンツィ」
別の意味で嬉しそうなヒルデ。
そんな男の子っぽい言葉遣いのヒルデを見て、グリッドが頬を染めているいるのを、ユーナは見逃さなかった。




