リッツジェルド邸訪問5
土曜日投稿分です
「以上の知識に立った上で、『枯渇家系』についてだが……要はこの『持力の遺伝』が途絶えてしまった家系のことを指す。多くの場合、持力を受け継ぐ家系は貴族だから、持力の有無は爵位の維持に直結する問題になる」
「そう言うこと、なのね」
ユーナはこの時、ようやく理解した。アンナがなぜ、領地目を持たないことを意味する『ノン』を名乗るのか。そして貴族ではないのに『ノン』というセカンドネームを持つのか。
「コーウェル家については、他にもあった上での『ノン』なのですが、ユーナさんの理解で概ね合っています」とアンナ。
「ここまで説明すれば、もう判るだろう? 『枯渇家系の先祖返り』というのは……」
「持力が無くなった家系に生まれた持力保持者、と言うことね」
レオンハルトは頷き、さらに説明する。
「アンネッテ嬢という存在は、貴族としてのコーウェル家再興に光をもたらすと言う意味も持つんだ。一度、爵位を停止され領地を返還したとしても、停止の原因がなくなれば爵位も戻されることがある。この点は確かに武門貴族には無い感覚だろうね。
そのためにはアンネッテ嬢は学館に入り、術士の称号を得る必要がある訳だが……君の学友であるアンネッテ嬢の今後は、ユナマリア嬢、君の動向に左右されるということになる」
つまり、学友としてアンナを縛る以上、ユーナが学館に行かなければ、アンナも行くのは難しい。
ということは、
一つには、アンナの学友の任を解き、学館に行ってもらう、
もしくは、
ユーナもアンナと一緒に学館に行く、
の二択になると言うことだ。
アンナのことだけを考えれば、彼女が学館に行かないという選択肢はあり得ないのだろう。
そして、これまで一緒に過ごしてきたアンナと袂を分かつのは、ユーナとしてはしたくない。
では、自分も学館に行くか? ということになると、アンナには悪いがアンナの事情だけで決められることではない。
ザツィオンの意向を確認しなければならないだろう。
レオンハルトは、ユーナとアンナと、そしてリーズ家とコーウェル家の事情を考えて話してくれたのだろう。
その点には感謝しかないけど、もう少し、やりようがあるんじゃないかしらね……。
ユーナの本心はそこにあるが、それでもユーナは丁寧に謝意を述べた。
「なるほど、よく判りました、レオンハルト様。ご説明ありがとうございます。こ忠告には、真摯に向き合おうと思います」
「判ってもらえたようで、何よりだ」
レオンハルトは、ちょっと恥ずかしげにそう答えた。
なんで恥ずかしがる?
今のやり取りに、恥ずかしい部分はなかったはず。
ユーナにはレオンハルトの挙動が理解できない。
ただ、一つだけ付け加えるなら、この時のレオンハルトも、ユーナ同様にまだ幼く、自分の感情を上手く制御できず、思わず本心が表に出た、ということになる。
そろそろお暇の時間が近付いてきた。
「では、母上に会っていくかい?」
「えと、お会いしても大丈夫なの?」
「短い時間なら大丈夫だろう。母上も会いたがっているしね」
「じゃあ、ご迷惑にならない範囲で」
「判った」
レオンハルトが呼び鈴を慣らすと、侍女が姿を見せ、レオンハルトは彼女にこれからツェツィーリエの部屋に行くことを伝える。侍女は一礼して部屋を出て、少ししてからまた戻ってくる。
「ご準備が整いました」
「では、行こうか。アンネッテ嬢も同行してくれ」
レオンハルトが立ち上がり、ユーナとアンナもそれに従った。
貴族の邸とは思えないほどに狭く急な階段を登り、短い廊下を歩くと、前を歩いていた侍女が、
「こちらのお部屋でございます。レオンハルト様、どうか……」
と言いかけた侍女をレオンハルトはやんわりと制して、
「判っている。5分くらいで終わりにするから」
と応じる。
侍女はドアを開き、頭を下げてユーナ達に中へ入るよう促した。
部屋の中は、やや傾いた日差しが窓から差し込み、陽の光にあふれていた。
そこに病の色も匂いも、感じさせるものは何も無く、ユーナが知るツェツィーリエのイメージ通りの、明るくて朗らかな部屋の雰囲気。
「お久しぶりですね、ユナマリア様。今日は着替えもせず、寝台からのご挨拶でごめんなさい」
ツェツィーリエの変わらぬ声が聞こえ、ユーナが視線を移すと、寝台に上半身を起こしたツェツィーリエが微笑んでいる。
「いえ、こちらこそ、急にお邪魔してしまいまして」
ユーナの表情も自然と綻ぶ。
「気にしないでくださって大丈夫よ?」
そう答えるツェツィーリエの声はユーナの知るものだが、やはりどこか無理をしているように感じる。
そして、彼女の顔も、美しいことに変わりは無いが、やつれは隠せないようだ。




