リッツジェルド邸訪問
水曜の分です
翌日、レオンハルトから手紙が来た。アルア市西側にある貴族街のリッツジェルド邸に招待すると言う内容だ。
もしかすると、ツェツィーリエに会えるかも知れない。
それを思うと、ユーナは悩むこともなく承諾の手紙を使いの者に託した。
その2日後、ユーナは馬車に乗ってリーズ邸とは反対側の貴族街に向かう。
レオンハルトからは、なぜか、アンナを同行させて欲しいと要望があり、今回はアンナが馬車の中にいる。
護衛はいつものカールとリーゼで、馬に乗って馬車の前と後ろに別れて随行してくれている。
このメンツ、つまりは4日前に『領主の庭』に赴いたのと同じメンバーである。
途中で通り過ぎるアルアの街並みは、相変わらず淡い色合いで、心を和ませてくれる。行き交う民も相変わらず、リーズ家の馬車とみるや、大人はお辞儀をし、子供は手を振ってくれる。
貴族街には多くの貴族の邸があるが、どれも邸と言うにはこじんまりとした造りの家が多い。リッツジェルド家の所有する建物も、そんな邸の一つで、貴族街の浴場である『月の浴場』がすぐ近くだった。
馬車を降りると、レオンハルト自らが出迎えてくれる。
「ユナマリア・アルア・リーズ嬢、ご来訪に感謝します」
「いえ、こちらこそ、招待いただき、ありがとうございます」
「どうぞ、こちらへ」
と、レオンハルトに促され、邸に入る。アンナとリーゼがユーナには従い、カールはお留守番となる。
招かれておいてなんだが、このリッツジェルドの邸は、貴族の館として考えるなら、建物の中は手狭だ。エントランスホールは、一応は存在している。が、やはり狭い。
そして、応接室に続いているであろう扉が二つと、急な角度の階段がある。
貴族の別館なのにこんなに狭いのは、簡単に言えば土地を配分出来ないからだ。多くの貴族がアルア市に別館を設けたがるから、というのも理由のひとつだが、何より制約になっているのは、『アルア市は皇帝陛下からリーズ家が預かった領地』だということ。それを、又貸しするかのように他の貴族に貸すのは本来、憚られる行為である。
そのため、リーズ家は帝室から許可を得ているのだが、その許されている土地が、現在の貴族街に限られるのだ。
そんな理由なので、たとえ広大な領地を保有する大貴族であっても、アルア市では中層臣民の家屋と同程度の家しか持つことができない。その分、内装に凝る貴族が多い聞いている。
リッツジェルド邸の内装は華美に走るでもなく、質素過ぎるでもない。濃い茶色を基調とした内装は、ユーナの感覚では、『悪くない』感じだった。
さて。
予想通り、ユーナは1階の応接室に通される。
ユーナはソファに座り、同行したアンナはその後ろに立つのが礼儀なのだが、
「ユナマリア嬢さえよければ、ここでは格式は気にしないで欲しい」
と言うレオンハルトの発言に甘えて、アンナにはユーナの隣に座ってもらった。
その後、レオンハルトはユーナを応接に通した後、いったん離れてまた戻ってくる。その間にお茶や菓子類が運ばれてきた。
レオンハルトが戻ってきたとき、ツェツィーリエも一緒に来るのかと期待していたが、残念ながら、彼女の姿は無かった。
「母は、まだ体調が優れないのでね……」
ユーナに向かいのソファに座ったレオンハルトが、言い訳のように呟く。
「だったら後で、ご挨拶だけでも」
せめて、顔だけでも見ておきたい。
「そうだね、後で聞いておくよ……ところで、その……」
話題を変えようとしているようだが、レオンハルトはどうも要領を得ない。はにかんでいるような、困っているような雰囲気。
何を話そうとしているんだ⁈
ユーナは思わず身構える。何となく、ろくでもないことを訊かれそうな気がしたのだ。結論として、その勘は外れることになるが。
「『領主の庭』の状況は、どうなっているだろうか?」
「?」
いきなり切り替える話題がそれなのか? とユーナは訝しむ。3日前に、一緒にその場に行ったのだから、持っている情報に差は無いはず。
だがまあ、彼と自分との繋がりと言えば、それくらいしかないのは確かだ。
「3日前にあなたと一緒に見た時から、特に変わりは無いと思うけど?」
「あ、ああ、そうだな」
歯切れ悪く応じるレオンハルトに、ユーナはますます不信が募る。
何かを隠している、もしくは、何か探りを入れようとしている、と言うことなのか?
「なんで、そんなに気にするの?」
ユーナが訊くと、レオンハルトはちらりとユーナの横のアンナを見る。
「いや、あの場所に立ち入りを許されている以上は、俺にも責任があるからね」
「へ-、そんなに責任を感じてくれてるんだ?」
「それは、まあ、ね」
じーっとレオンハルトを見つめると、いつもは自信満々に視線を合わせてくるのに、今は視線を逸らしたりも、やはり何か隠しているように見える。
「……あやしい」
「そうかな? ……」
そこに、アンナが会話に入ってくる。




