記憶の無い朝
レオンハルトの欲求がなんなのかは、この後のストーリーで明かすことにするが、彼が葛藤していたのは、
これ以上、ユーナを巻き込まないため、だ。
彼の思いだけで突き進むなら、ティケは欲しい情報の宝庫のようなもので、それこそ、今まで漠然としていたゴールが、明確にイメージできるようになると、思えるくらいには。ゆえに、彼1人がティケと対していたのなら、命を賭けるくらいのことはしていたかも知れない。
なにしろティケは『不絶糸』のことを的確に知っていたし、『秘匿されし世界録』にも言及した。
これらの知識は、『リッツジェルド』としても個人としても欲しい情報だった。
だが、レオンハルトはそれを思いとどまった。ひとえに、ユーナのために。
「危険がない、というあなたの言葉を信じよう」
レオンハルトは、直前のティケの失言が無かったかのように話を続ける。記憶を操作することに納得したわけでは無いが、この場をうまく切り抜けるには、そうすることを認めざるを得ない。ゆえにユーナにもしものことがあれば、自分が責任を負う、くらいのことは覚悟していた。
そして、そんなレオンハルトの意図を、メグは適切に理解した。
「では、ひとまず、地上に戻りましょう」
帰り道は、立ちふさがる者も無く、地上に到達することが出来た。
久しぶりに空の青さを見、森の風の気持ちよさを肌に感じた……と思ったところで、ユーナは自分でも知らずに気を失った。
次に目覚めたとき、目に入ってきたのは、見知った天蓋だった。身体をベットの上に横たえて。
はて。
何やら荒唐無稽な冒険をしていたような気がするが……まったく記憶がない。夢だったのか?
昨日は……『領主の庭』に行ったら、またレオンハルトが勝手に侵入していて、一緒にあの大穴を確認して帰ってきた……はず。
はず……。
どうも、それだけのような気がしない。何か、もっと出来事があったような。
思い出せない。
だが、不思議と、思い出せないことを残念には思わないし、無理に思いだしたいとも思わない。というのも、冒険自体が、楽しかった気がしないからだ。
つまり、思いだしても良いことがあるとは思えない。それどころか、イヤなことを思い出して気分が滅入る、なんて事態も考えられる。
だったら、無理に思い出そうとせず、流してしまった方が良い。
なのでユーナは、それ以上考えるのをやめた。
作者註(念の為)
ユーナは昨日、ティケとの出会いを覚えていません。ただし、レオンハルト以外の全員が記憶を失うと、いろいろと面倒なことになりそうなので、アンナだけはティケの指示で記憶を保っています。
記憶操作の後遺症もないので、頭が痛いと言うようなことはないです。
ユーナが気になっているのは、昨日のお茶会でヘンリエッテ・バウタウバー男爵家令嬢が言っていたことだ。
彼女の一族は、〈魔力〉を見ることが出来るーー。
それは男爵家の秘密。それをユーナに告げたと言うことは、バウタウバー男爵家が、リーズ侯爵家との繋がりを求めている、と理解して間違いは無い。ともするとヘンリエッテは、男爵本人ーーつまり彼女の父親ーーからの指示でそうしてきている可能性が高い。
そしてもう一つの懸念点。ヘンリエッテには、ユーナが持力保持者であることがバレてしまっている。
だが、それは秘密にすると、彼女は約束してくれた。その代わりこちらも、バウタウバー男爵家の秘密は守ることになる。
この密約が今後、良いことに結びつくのか、それとも悪い方に転ぶのか、ユーナには判断が付かない。
だが、ザツィオンには手紙で打ち明けて置く必要があるだろう。もちろん、ぼかす部分はぼかすことになるだろうけれども。
それにしても、〈魔力〉が見えるのだとしたら、『領主の庭』と呼ばれる、アルア市東に広がる森は、さぞかし不気味に見えることだろう。見えないユーナでさえ、義務がなければ近付きたくはない場所なのだから。
アルア市は世の中では、幻想的とか、メルヘンチックとか言われているが、本当にそうであるためには、『領主の庭』をどうにかする必要がある。ユーナは改めてそう思った。
とりあえず、養父ザツィオンに手紙を出す。
ヘンリエッテ・バウタウバーと知己を得たので、今後交流する。彼女の父もそれを望んでいるようだと付け加えて。




