レオンハルトの思い
すると、レオンハルトは言いにくそうにしながらも、
「この事態は俺が招いた結果だ。つまり俺に責任がある。君が記憶を消されなければならないのなら、せめてそれ以上の重荷を背負わせたくはない」
珍しく殊勝なことを言うものだと、ユーナは思った。
気に掛けてもらえたことは、悪い気はしない。
だが、記憶を消さないという選択肢は無いだろう。ティケ達に抗うのは無理なのだから。戦って勝てる相手ではないし、論理的に説き伏せられるとも思えない。
ゆえに、ティケ達がそう言うなら、それに従うしかない。というのがユーナの考えだ。
と言うのはある意味建前で、ユーナ自身、ここでの出来事は意味不明すぎて正直、価値が見出せない。今後、何かの役に立つとも思えない。そのくせ、本来なら知ってはいけないような秘密でもある。
そんな扱いに困る情報は、知らないでいて良いなら知らない方が良い。
そんな風に心の表層で思いながら、深層ではここでの情報を忌避しようとしてもいた。知ってはいけないというより、知りたくない情報といった感じで、思いだそうとすると、胸がざわざわする。
それはこの時のユーナがまだ気付いていない、魂の形が影響していた。
「危険はないから、大丈夫だよ?」
いつの間にか緑髪のティケが、明るい声で請け合ってくれる。
「どうやってそれをするつもりなのか、聞かせてもらえるだろうか?」
「そうだね、『秘匿されし世界録』に……」
「お嬢様、それは隠蔽事項ですっ!」
説明を始めようとするティケを、すかさずメグが止める。
「あ、そっか」
ティケは変わらず軽い口調でちろりと舌を出してみせる。が、
今のを聞いてたら、今度こそヤバかったのでは⁉
ユーナには何となくそう思える。
多分、今のを聞いてたら、記憶どころか命が危なかったのでは。このヒト達が隠そうとするようなことだ、どう考えたってまともなはずがない。
……だめだ。ユーナは今更気付く。
この子と一緒に居ると、『知ったら不味いこと』をいつの間にか知ってしまうことになりかねない。そうなれば身の破滅も十分ありうる。
この場合、興味本位の質問が身を滅ぼすことになる訳だが、その意味で気に掛けるべき人物は、この場には2人居る。
ユーナが不安そうな表情を向けると、アンナは『判ってます』という意志を込めた頷きを、ユーナに返してくれる。
よかったーー。
知識欲旺盛なアンナも、さすがにこの状況のヤバさは気付いているようだ。欲より理性が勝る性格で良かった。
さて、もう1人はレオンハルトなのだが。
彼はしばらく、沈黙していた。しかし、ただ黙っていた訳ではない。よく見ると、唇を噛んでいて、欲求と理性との間で葛藤している様子だった。想像していた反応とは違う。
そうか。
こんな表情もするんだ。
だが、いったい何を望めば、そんな表情になるのか……。
レオンハルトのこは、子供ながら理性的な人なのだと思っていた。理性的に物事を判断し、確実に利益ある方を選ぶタイプ、そんな風に。
だが、今の彼を見る限り、その理性でさえも抑えきれない、強い欲求あるいは情熱のようなものが垣間見えている。
とは言え、この時のユーナが理解できたのは、
レオンハルトは、ただの理屈屋ではないようだ、
くらいのことではあるが。
ユーナがそれ以上に興味を持ったのは、
レオンハルトには、こんな危機的状況でも、葛藤するほどに強い欲求を抱えているということだ。
その欲求がなんなのかも、なぜ葛藤しているのかも、ユーナには判らないし、お願いして教えてもらえるようなものでもない。
だが、だと言うのにユーナは、口元が綻んでいた。
ただの理屈屋よりは、そっちの方がよほど人として好感が持てる……。
残念だったのは、ユーナが、他人の感情の機微には鋭いくせに、自分のそれについてはとても疎い……ということ、だろうか。
土曜の分です




