スピリトゥス・リーニエ2
昨日の分です
「これは、まさか、精霊流なのか? 本来、不可視のはずなのに……」
半ば茫然とレオンハルトが呟く。
「よく知ってるね」と、光の滝に照らされるティケの表情は楽しげに映る。
その髪の色は、最初に会ったときの緑色に戻っている。と言うより、先ほどの黒く見えたのが、そもそも見間違いだったのかも知れない、とユーナは思った。
「不可視の流れを可視化するための機構が、この部屋には備えられています」
そう言って部屋の壁を指差すドロテア。
壁は、無数の球状の黒い突起で埋め尽くされている。
その突起が、可視化をしているということか。どういう理屈かはさっぱりだが、理屈を言い始めたら、この場所自体がさっぱりなので、ユーナはスルーすることにする。どうせ、聞いても判る話ではないだろう。
ーーそもそも、ユーナはこの場所のこと自体、記憶を保てない事態になるが……。それは今後の話。
天井付近で、一際大きな光の粒が現れる。放つ光も一際大きく、星空で例えるなら一等星のようなもの。だが、精霊流の中でのそれは、一等星よりも明るく輝いているが。
「ちょうど出てきたね」とティケ。
「阻害しますか?」とメグ。
ティケは、「いえ」と首を振り、ユーナ達に向き直って、
ここがどういう場所か、教えてあげる」
と告げた。
レオンハルトが拳をぎゅっと握りしめたのが、気配で判る。レオンハルトという人物は、こう言う遺跡にも興味があるらしい。
まあ、最初の出会いからして、勝手に遺跡を探索していた所に遭遇したのだから、納得の行く話だ。
ユーナは、アンナとなら気が合いそうだ、と思った。
ユーナの考えは間違ってはいないが、実は正しいとも言えない。レオンハルトがこのような遺跡を巡るのは、遺跡が好きだからではない。そこに眠る神代の知識に興味があるからだ。そして神代の知識を望む理由は2つあるが、この点は今は明かさないでおこう。
翻って遺跡自体に興味がありそうやアンナは、表情にこそあまり変化はないが、案の定というべきか楽しそうにしている(長くなってきた付き合いで、ユーナにも読み取れるようになった)。
そうこうする内に、大きな光は滝を流れ落ち、床に穿たれた逆円錐形の穴に呑み込まれていく。
ティケに呼ばれて穴を覗き込むと、円錐の壁面から突起状の物が出てきて、大きな光に向かって、大きな光を放った。それはかなり眩しく、ユーナ達は目を覆ったほどだった。そして、目を開けてふたたび円錐を覗き込むと、そこに大きな光はなかった。
円錐のそこに到達して見えなくなったのか?
いや、そうではないだろう。
とりあえず、壁面の突起が放った光が影響しているのは間違いない。
『サルベージ個体番号53348705、〈光陰相成す涼泉の庭〉世界の個体と同定。異系闘術士型に分類。対個戦レベル8、攻城戦レベル6。総合レベル7』
天井から、抑揚の乏しい女性の声が聞こえてくる。
「サトゥラヒンのお友達、かな。でも、破棄して」
ティケが告げる。
『確認事項、破棄方法について、[還流]、[消滅]のいずれかを選択してください』
「還流にして」
『指示を受諾。検体番号53348705の還流を実行しますを受諾します。成功しました』
この女性の声は、読者に判るように表現すれば、この区画のオペレーションを担うAIのようなものだ。
だが、そんなことを知っている人間はこの時代のティレリアにはいない。
もちろん、ティケとその眷族は除くことにたるが、ティケたちが『この時代』の『人間』に該当するかは、かなり疑問が残る。
作者註
なお、[還流]とは、サルベージ個体を流に還す対応を指し、[消滅]は言葉の意味そのままに消し去ることを指す。ティケが[還流]を指示したのは、消滅させるのは忍びないという思いなのかも知れないが、宇宙が存続する限り永劫に流れつづける光の中に、永遠に囚われることか良いことなのかは、正直、作者にも判らない。
とは言え、こんな事実は、ユーナの知るところでは無いので、彼女の心情にはあまり影響がない。
ユーナからすれば、理屈は判らないが、無機質な女性の声は、こちらのお願いを聞いてくれるらしい、ということは理解できる。というのも、実際にティケのお願いを聞いてくれたからだ(破棄とか還流とかは何のことか判らないにしても)。
だったら、動くことを止めるようお願いすることもできるのでは?
その位のことは、ユーナにも思い付けること、なのだが……。




