再会、領主の庭2
護衛騎士のカールとリーゼを連れ、レオンハルトと共に森に入り、黒い骸骨の野原に向かう。
黒い骸骨の野原というのは、『領主の庭』で最もヤバい大穴のあるところに行くには、避けて通れない、森の中に出来た野原で、焼けて黒くなった鬼族の骸骨と、ユーナには良く判らない黒い角張った物体が散乱している。おどろおどろしい光景だが、不思議と邪悪な感じはしない。
その野原へ向かう道すがら、ユーナは気がかりを彼に尋ねることにした。
「あなたがなんでここに居るのか、今一つ納得は出来てないんだけど、それはもう良いわ。それより、教えてくれる? ツェツィーリエ様のご様子は、どうなの?」
「母上は一時期、ベッドから起き上がれないほど弱っていたが、今は快復してきている」
「じゃあ、お元気になるのね?」
「……心配してくれて、感謝する」
「良かった……」
レオンハルトは、他にも何か言いたげにユーナを見た。しかし、何も語ることはなく、それ以上の言葉を全て飲み込んだようだった。
ユーナとしては、ツェツィーリエの快復を聞いて、胸のつかえが取れる思いだ。ツェツィーリエのことは、ユーナ自身、ちゃんと言葉として理解していないが、先生であるばかりでなく、年の離れた友人のようであり、姉のようであり、母のようでもあるーーそんな風に思っている。ツェツィーリエはそれだけ、幼いユーナの心の中で大きなウェイトを占める存在と言って良い。
だから、安堵する気持ちも大きいのだ。
だが、大きな心配が消えて安心できると、次の懸念材料が頭に浮かんで来てしまうものだ。
ユーナは、数少ない術門貴族の知り合いとしてのレオンハルトに、聞くことにした。
「話変わるけど、バウタウバー男爵家って、術門だと思うけど、何か知ってる?」
「バウタウバーか。あの家が、どうかしたのかい?」
「そこのご令嬢と知り合いになったのだけど、術門貴族だそうだから、同じ門閥のあなたなら、何か知ってるかと思って」
知ってることを全て話すことはできないので、誤魔化して聞くしかない。
そんなユーナの心中を察しているのか、少し垂れ目気味なレオンハルトの目が、ユーナの様子をじっとうかがう。そして何か納得した様子で、レオンハルトは小さく息を吐いた。
「まあ、いいか。バウタウバー男爵家は、現在の当主が3代目の新興貴族だったはずだ。それ以前はスェツェンに住んでいたと聞いた覚えがあるが、俺が知っているのは、それくらいだな」
「単一持力の家系なの?」
リッツジェルド家のように、代々、同じ属性の持力を受け継ぐ家系のことを、『単一持力家系』と呼ぶ。
「いや、そう言う話は聞かないな」
と答えるレオンハルトは、表情を見る限り、本当に知らなさそうだ。
「そう、ありがとう」
そうこうする内に、黒い髑髏の野原に到着する。
人外の骨が、朽ちることなく野ざらしになっているこの野原に、ジークルーン(ユーナの姉)と共に来たのが、随分昔のことのように思える。
この場所は、音がない。ユーナには理屈はわからないが、物言わぬ髑髏が永遠に眠るこの場所は、場所そのものが何も語らず、音も発することはない。まるで髑髏の眠りを守っているかのように。
黒い骸骨と、足の生えた黒い立方体の間を抜け、透明な膜のようなものが壁として立ちはだかる場所に着く。
この先に、問題の大穴がある。
「リーゼはここで待機して」
「前回のようなことは再び起こり得ると思います。2人ともお連れください」
ユーナの指示に反し、カールが忠言してくる。これは尤もな内容だ。
「わかりました。2人とも付いてきてください」
「「承知しました」」
さて、膜の壁を超えて向こう側へ通り抜ける。途端に木々のざわめきと鳥の囀りが耳に届くようになる。
そういえば、レオンハルトと初めて遭遇したのは、ここだった。思えば、最初からレオンハルトは神出鬼没だった訳だ。
その後、なし崩しに謎の粘性生物を倒した訳だが……今となっては、それも結構な昔のことのように思えてくる。
というか、あの粘性の物体が本当に生物なのかは、今もって判らないのだが。
アレについて理解できているのは、この場所が危険で、もしあの粘性生物がたくさん地上にあふれ出れば、……おそらくアルア市は壊滅する、と言うことだけ。
今日はその大穴まで行く予定。
粘性生物には出会わないことを祈るしかない。
しかし、ユーナはすぐに歩き出すことが出来なかった。
というのも、遺跡として残る壁の傍らに、見知らぬメイドさんが立っていたからだ。




