再会、領主の庭
「ヘンリエッテ様のお気遣い、感謝いたします。その上で、わたくし達個人同士でも、家同士でも、お互いに秘密は守ると言うことで、いかがでしょう?」
ヘンリエッテは、ようやく固かった表情を緩める。
「ユナマリア様、こちらこそ、勝手な駆け引きを持ちかけた形となり、心から謝罪いたします。ですが、我が家門の能力は、ユナマリア様のお役に立てると考えております」
つまり、協力すると言ってくれている。
持力であれ、介力であれ、見ることが出来るというのは、メリットが大きいし、何より心強い。
まあ、おそらく、ヘンリエッテの父親には、上位貴族との繋がりを作りたいという、別の思惑もあるのだろうけれども、そこは養父や義兄に丸投げで良いはず。まあ、術門貴族が武門貴族と繋がりを作ることにどれだけのメリットがあるのかは判らないが。
「わかりました、ヘンリエッテ様とバウタウバー男爵の心遣い、感謝と共に受けさせていただきます」
「ありがとうございます!」
ヘンリエッテが笑顔になる。それは今までユーナが見たことの無い、本当の意味でのヘンリエッテの素の表情だった。
『領主の庭』について、バウタウバー男爵家とのバイプができたことになるが、だからといってすぐにヘンリエッテやその父親ーー父親はゲーアハルトといらしいーーを、『領主の庭』に招き入れる訳には行かない。どうしても裏取りは必要になる。
だが武門の家系であるリーズ家は、術門貴族とのバイプはけして太くない。というか、細すぎてバイプと呼べるようなものではない。なので、例えば、
バウタウバー男爵家って、術門貴族から見て、どうなの?
と言ったことを聞けるような関係にある術門貴族の知り合いはいない。
一人、例外的な心当たりが、あるにはある訳だが……。
彼も『領主の庭』について共闘関係にある人物だが、彼の母、つまりツェツィーリエの容態を考えると、『バウタウバー男爵家って、どうなの?』などと、彼には無関係な話題を無神経に質問するのは、たとえ手紙だったとしても気が引ける。彼自身が無神経な人物だったとしても、だ。
それは脇に置いておくにしても、『領主の庭』については懸念材料には違いない。アルア市に滞在している間は、何もできなくても、できる限り現地に足を運びたい。
そうすれば、手掛かりの一つでも見つけられるのではないか。そんな思いもある。
お茶会から2日後、ユーナはアンナと共に『領主の庭』に赴いた。
森の入り口に馬車を止め、降りると、そこには見知った人物が待っていた。
なんで、ここに?
という疑問は尽きないが、言葉にするのは止めておく。
「久しぶりですね、ユナマリア様、そしてアンネッテ嬢」
護衛騎士や御者の目があるからなのか、彼は丁寧な口調で挨拶してきた。なので、ユーナは、
「レオンハルト・アルシス・リッツジェルド様、どうしてここにいらっしゃるのですか?」
と、驚きと疑いを込めてフルネームで呼んでしまう。
「敬意の籠もった呼ばれ方、望外の喜びです」
なお、名前と姓の間に領地名を挟む呼び方は、敬意を払った呼び方とされる。レオンハルトが望外の喜びと答えたのは、上位貴族令嬢のユーナが、下位に向けて敬意を見せてくれた形になるからだ。もちろん、ユーナにそんな思惑は微塵も無い、単なる嫌味のつもりだ。
レオンハルトは続けて、ここに居る理由を告げる。
「ユナマリア様が、そろそろ『動かれる』だろうと思っていたところ、今朝、『領主の庭に向かうようだ』と報告を受け、馳せ参じた次第です」
「……」
ユーナはなんとなく、恐いものを感じてしまう。
レオンハルトがアルア市で滞在しているのは街の西外れの貴族街のはずなので、街の東の端から出発して、街の東にある領主の庭に向かうユーナを追い越して待ち伏せるって……どうやって?
さらに、『報告を受けた』とか言ってるが、つまり、密偵みたいなヤツがユーナの近くに張り付いているのだろうか?
現代日本では、この手の行動はストーカー行為に当たるだろう。『ストーカー』という用語が無くても、普通の女子なら、ぞわっと悪寒が走るような行為に相当する。
それを配下に命じるレオンハルトも……何考えてるんだか判らないと言う意味で、悪寒の対象になる。
アンナを見ると、彼女は小さく首を振る。アンナにも理解できない、ということだろう。
と言うわけで。
もともとそれほど高くないレオンハルトの評価は、ユーナの中でさらに下がることになった……。
「それでは参りましょうか、ユナマリア様、アンネッテ嬢?」
わざとらしさ満載のこの丁寧口調も、気味悪さを醸す要因になっているのだが。




