アルアのお茶会3
昨日の分です。
もう少しお茶会にお付き合いください。
「皆様、本日はお越しくださり、感謝いたします。縁あって知己を得た方々と、さらに関係を築いていきたい想いから、本日のお茶会を催すこととしました。日常のことは脇に置き、この場では皆様と楽しいひとときを過ごせると期待しておりますわ」
ユーナが言い終えると、エーリカを含む侍女達が、テーブルの準備を始める。因みに、ユーナの挨拶には、『爵位の高低に関係なく楽しく過ごしたい』という意味が込められている。ちゃんと令嬢として教育を受けていればその意味をはき違えるようなことはなく、それ故、この場の令嬢たちは全員が正しくユーナの意図を理解した。
時間が昼前と言うこともあり、口に運ぶものは、軽く済ませるためのあっさりした菓子類と、昼食代わりにもできるサンドイッチなどの軽食の2系統を用意している。
飲み物としては、ご令嬢なら一般的な紅茶と、ツェンツィとユーナのための珈琲。
ユーナが幼いこの頃は、珈琲の原料となる珈琲豆は、またまだ輸入量は年々増えている状況だが、入手しているのは貴族がほとんどで、普及率としては一部の愛好家が楽しむ程度だった。まあ、手に入れやすくはなったが、飲む機会は少ない、そんな嗜好品となっている。さらに言うと、ユーナとしては謎なのだが、『珈琲は貴族男性の嗜好品』というのが世間一般の理解となっている。
それを踏まえた上で意外だったのは、アレクシアの反応。
自分の前に置かれた飲み物が違うことに気付いたアレクシアは、ツェンツィとユーナの前に置かれた珈琲カップにさりげなく視線を送り、気付かれないほど小さくため息をついた。
ユーナはもしかして、彼女も珈琲党なのか? と疑ってみるが、確か以前の茶会では紅茶を口にしていたはず。
「どうされたのですか、レクシー?」
レクシーはアレクシアの愛称で、互いに愛称呼びすることは、前回のお茶会で認め合っている。
「いえ、何でもございませんの。お気遣い痛み入ります」
「……間違っていたら、ごめんなさい。レクシーは、もしかして珈琲党なのでは?」
ユーナの指摘にはっとなるレクシー。
「ユーナには敵いませんね」
本当にこれで年下なのかしら、と口の中で呟いてから、レクシーは言葉を続ける。
「お察し頂いたとおり、わたくしは珈琲も嗜みます。といいますか、紅茶よりも好みです……」
「珈琲は殿方の飲み物かと思っていましたが、ユーナもツェンツィも珈琲をお飲みなのは、少々驚きましたわ」
と言ったのはマルガレーテ。そして、この意見は、貴族としては一般的な感覚と言って良い。
「殿方の真似をしているなどと言われるのは淑女として望ましくないと思われかねないので、気をつけていたのですが……お二方は気にならないのですか?」
とアレクシアは問いかけてくるが、ユーナ的には正直なところ、ほとんど気にしたことがない。ユーナの年齢で苦い珈琲を嗜むことには驚かれることもあるが。
「ここは、わたくし達の為の茶会で、殿方はおりませんよ?」とユーナ。つまり、他人の視線は気にしなくても良いし、飲みたいなら用意するよ、という意味合いもある。
ツェンツィがさらに助け船を出してくれる。
「武門貴族は紅茶よりも珈琲を好む傾向があるように思いますね。ユーナのリーズ家も、わがエイディスも殿方は珈琲の方を好みます。それを目にする環境に居れば、女性も自然と好むようになるのではないですか?」
アレクシアは、ぐっと拳を握り込み、
「それでしたら、珈琲をお願いいたします。その、せっかくのおもてなしを無碍にするつもりはないのですが……」
「そんなことで気を悪くしたりしませんよ」
ユーナがエーリカに頷くと、エーリカは早速準備して、珈琲カップをレクシーの前に置いた。すると、追随するように、
「ユナマリア様、わたくしも珈琲をお願いして宜しいでしょうか?」
覚悟の籠もった表情でお願いしてきたのはディートリント。さらに、
「わたくしもお願いします」とさらに追随したのはヘンリエッテ。
2人の場合、珈琲に興味があることも然る事ながら、上位の令嬢と同じ行動をすることに意義を感じたのかも知れない。そうすることで、友人関係を深めたいという、いわば思惑が働いている。
「もちろん、大丈夫ですよ」
とユーナが答えると、最後に残った紅茶派のグリッドは、
「この流れは、わたくしも珈琲にするべきなのでしょうか……」
と優柔不断なことを言う。グリッドは流れには逆らわないという処世術を身に着けてしまっているようだ。伯爵位の中でも下位に位置するグリッドの家は、派閥闘争や政争では、とばっちりを食いやすい立ち位置にある。下位貴族のように傍観を決め込む訳にも行かず、かと言って上位貴族のように力があるわけでも無く……。まあ、ユーナはそこまでの事情は知らないのだが、そんな事情も相まって、グリッドは場の流れに乗ることにした。
結局、全員が珈琲を飲むことになった。
連帯感のようなものは育むことができただろうから、良しとしようと、ユーナは思った。




