ランティエ、正体をあらわす
暖炉の穴を潜り、暗い通路を駆ける。
「暗いわね」
ランティエの声と共に周囲が照らし出される。彼女が持力を使って明かりを灯したらしい。その光は炎に由来するものではなかったが、コンラッドを追うことに気を取られていたユーナは、それを不思議とは思わなかった。
長い階段を降りる。
コンラッドのものらしい声が響いて聞こえてくる。
何かを怒鳴っているようだ。
次第に視界が明るくなっていく。
階段の底にコンラッドを見つけた。淡い光を放つ白い幽体の姿もある。
コンラッドは手のひらに乗せた指輪を幽体に突きつけて叫んだ。
「なぜだ! なぜ許可しない? これが、この指輪がヴァールガッセン家の『証』だろう⁉」
『その通りだ』と白い幽体は肯定しなからも続ける。『お前は以前、自らをヴァールガッセン家の者ではないと宣言した。そんな者に英知を授ける訳にはいかない』
「何という融通の効かない霊だ」
『この身は死したとは言えヴァールガッセン男爵家最後の当主である。その態度は無礼に過ぎるであろう! 去れ、痴れ者!』
「くそっ! ここまで来て手ぶらで帰れるか!」
「そこまでよ」
ユーナが声をかけると、コンラッドは振り向いた。
「来たか」
「さあ、指輪を返して!」
「素直に従うとでも?」
「じゃあ、力づくで奪ってあげるわ」と言ったのはランティエだった。
「やってみるが良い!」
コンラッドは司祭服の懐に手を入れる。取り出したのは紙片。彼は符術の使い手らしい。
コンラッドは符をユーナ達に見せつける。そこには紋章が描かれている。
紋章は、その図形を、発現させたい対象に認識させることで効果が格段にアップする。つまり、ユーナ達に見せることで、ユーナ達に対する発現が強化されるわけだ。ゆえに目を逸らすなどして見ないようにすると発現をある程度防ぐことは可能。
この時は、突然のことだったのでユーナ達は対応出来ず、紋章を見つめてしまった。
「フィアト、エンブレマ……」
してやったりとにやっとしたコンラッドが詠唱を開始した途端、符が黄色い炎を出してあっという間に燃え尽きる。
これは符術の発現ではない。
眉を寄せたコンラッドはもう一度、符をユーナ達に示すが、今度は彼が詠唱を開始する前に燃え尽きた。
「なんだ? 何が起こっている?」
「私が燃やした。何枚でも使うといい。全部燃やしてあげる」
と言ったのはランティエだった。
「あれ? でも……」とユーナ。
おかしいと思ったのはユーナだけではない
「緋針を使わなかった、ですよね」とクリス。
「ランティエさんも広域励起型ってこと?」
「うーん、まあ、そんなところね」
少し悩んでからランティエは答えた。だとしたら、わざわざ緋針を使う必要は無く、ユーナのように持力魔術で事足りたはずだ。
ランティエは、そんな疑問を知ってか知らずか、それ以上何も説明しなかった。
「コンラッド……というのも偽名だろうから、偽司祭と呼ぶことにするけど。あなたはユーナさんの持力発現を見て、何か思った?」
話を逸らされたコンラッドは不快な表情を見せた。
「人間離れしていると思いますよ。あれほど強力な〈氷結〉は初めて目にしました。おかげで手塩にかけた配下を失いましたしね」
「……それだけ?」
「それだけですが。まあ、可能なら我が結社にスカウトしたいところですが、そうもいかないでしょう」
ランティエは呆れてため息を吐いた。
「やれやれ、カムネリア結社もいつの間にか質が落ちたものね」
コンラッドはランティエの言葉を曲解して言い返す。
「彼女程度の人材なら、我が結社にはごろごろしてますよ」
「偽司祭、あなたの目は節穴ね、と私は言っているのよ。まあ、いいわ。気付かないならそれまでのこと」
『それは詮無きことだ、ランティエと名乗る者よ。この男は、そちらの娘が抽象魔術を使えることを知らないのだから』
ここまでのやり取りを興味深そうに眺めていた白い幽体〝カッシート〟が会話に割って入った。途端に血相を変えるコンラッド。
「『抽象魔術』? 『精霊哲学』だと! そんな馬鹿な! それを使えるのは……」
「余計なことは言わないで、〝カッシート〟さん。本当なら、彼女の持力を見た時点で気付くべきよ。……そんなことより、偽司祭。指輪を渡しなさい。それ以外にあなたが助かる道は無いわよ?」
そう言ってランティエは手を差しだす。
「くそっ! 水晶魔術どころの話ではない!」
そう言うや、コンラッドは指輪を通路の奥の方へ投げた。
「あっ!」
ユーナとクリスは指輪の方へ駆け出す。それとすれ違うようにコンラッドは階段を登る。
ランティエは--コンラッドの姿を見送ってから、彼を追いかけて階段を登っていった。
ランティエが緑大理石の間まで戻ると、すでにコンラッドの後ろ姿は部屋を出ようとしていた。
「まったく、逃げ足だけは速いわね」
ランティエは走り出す。どこでコンラッドを足止めし、どうやって殺すべきか。そんなことを考えていた。
そう、ランティエはコンラッドを殺すつもりだった。カムネリア結社の人間は、生かしておくと世界の為にならない。
せっかくアドミニストラトルが『適度な魔術世界』を構築しているというのに、それに逆行しようという輩だからだ。
命を奪う手段はともかくとしても、なるべく広い場所の方がやりやすい。
ランティエは中庭で追い詰めることにした。
幅広の階段を降り、中庭に出ると、コンラッドはさらに距離を開けていた。
このままだと逃げられる。
何の前触れもなく、コンラッドの目前に黄金色の火柱が立ち上がる。続いて彼の左右、背後にも。
炎は何物をも燃やすことなく燃え上がっていた。
火柱に取り囲まれて驚いたコンラッドは立ち止まるのを余儀なくされ、振り返る。
その顔には、恐怖が張り付いていた。
「お前は……いえ、あなた様は、どなたなのですか?」
コンラッドは言葉づかいを改める。
「ようやく気づいたのか、愚か者」
ランティエの口調が変わった。それは人の上に立つ者の言葉。相手を蔑ろにする雰囲気こそないが、圧倒的強者が示す気配を宿していた。
ランティエは、炎の鳥籠を一瞬で消した。
「お前に名乗る必要など無いが、餞別代わりに教えておこう」
表情が消えたランティエはそう前置きして続ける。
「我は、炎の第二位階第四位に位置する『好戦性精霊』、光輝の炎である」
フラグランティアの全身が黄金の炎を纏う。
「第二位階の好戦性精霊⁉ なぜそれほどの高位の存在が人間に仕えているのですか?」
コンラッドはごくりとつばを飲み込む。
第二位階の好戦性精霊など、人間の身でどうこうできる存在ではない。
神々の戦争におけるティレリアの眷族。その力は神すら屠ると謳われたほどだ。
「それはお前の知るべきところではない。お前は自らをカムネリア結社の構成員と名乗った。それに相違ないな?」
「もちろんです。カムネリア結社員であることは、わたしの誇りです」
コンラッドは恐怖を抱きながらも胸を張って宣言した。
「哀れな……」
「な、何を言われる。いくらあなた様でもその言い方は訂正していただきたい」
「何度でも言う。お前は哀れな存在だ。お前たちの行いはアドミニストラトルの意向に反する。ゆえに断罪されなければならない」
「お待ちください、アドミストラトルとは、アドミストラトル・ムンディのことですか? 実在するのですか? そうであれば、会わせていただけないでしょうか」
「ほう、この期に及んで恐怖より探求心が勝るか。その心根を素直に持ち続けていれば良かったものを……今となっては、手遅れだ」
フラグランティアは何もしなかった。コンラッドは何も出来なかった。
コンラッドが黄金の炎に包まれる。それも束の間、コンラッドは叫ぶ時間すら与えられずに燃え尽き、消し炭一つ残さなかった。
次に、絶対零度で凍っていた鬼が燃え上がり、瞬時に炎の中に消えた。




