シュトルス・タクラス2
昨日の分です。
ユーナは、教皇の口調が変わっていることに気付いた。地上では、教皇の威厳を維持しつつ、監視官であるユーナには礼を失することのないよう気を付けているようだったが。
今は、普通の男の人の口調と言って良い。
それにどう対処すべきか、ユーナは迷って居たのだが、そのままじっと教皇を見てしまっていたらしい。
「どうした? いや、どうしました、監視官殿?」
「え? いえ、その話し方が……」
「ああ、なるほど。まあ、一言で言って、こんな場所で教皇を演じる必要も無いと思ってね。……監視官殿がお嫌なら、改めるが?」
「いえ、その方が、やりやすいですね」
「ありがとう」
教皇は、ニカッと自然な雰囲気で笑う。
これが、この人の素なのだろう。まあ、確かに、教皇なんて仕事をしていると、舐められるわけにはいかないだろうし。
結構、大変なんだな、とユーナは思った。
やがて、フロリアンが降りてくる。
彼は箱から出た途端、天井
「こ、これは……! 地上? いや、しかし、下に向かっていたはず。私は地獄に来てしまったのか?」
騎士であるはずのフロリアンも、さすがに度肝を抜かれた様子。
「落ち着け、フロリアヌス。ここは地下で、地獄でも煉獄でもない。そうだな、いわば、人間が作った遺産の地、だよ」
「これらが、人間の遺産、ですか……」
フロリアンは、今度はため息をついた。
「さて、調整者殿、いや、ここではカリンと呼ばせてもらおう。君が受けている使命を聞かせてくれ」
カリンはアンナとの会話を止め、教皇の方へ向きを変える。
「私が承っている使命は、この工場の全面休止です」
「停止ではなく?」
「はい。このシュトルス・タクラスは、魂魄炉の稼動が可能な数少ない生体工場の1つですから、停止は管理者も望んでいません。わたしの使命は、あなたの望みと合致しますか?」
「できることなら、停止して欲しかったが。これ以上、悪用されるのは御免だからな」
「でしたら、稼働に当たりパスワードを設定します。合い言葉のようなもので、それを唱えない限り、再び稼働することがないようにしましょう」
「となると、我々はその『ぱすわーど』なるものを、継承していく必要があると言うことか」
「そうなります。セキュリティ上、心許ない面はありますが、この時代の技術力を考慮すれば、リスクは低いと考えます」
「……わかった、それでお願いする」
「了解です。パスワードは2つ必要になります。1つは物理工場用、つまりこの区画のためのもの。もう一つは、この奥にある魂魄炉のためのものになります。2つとも、こちらで設定したあとにお渡しします」
「なに? この奥にも部屋があるのか?」
「はい、奥の区画の方が、精霊を構築する上では重要ですね」
「そうか……」
「では、始めます」
「うむ、お願いする」
「皆さんは、この部屋から出ないでください。それから部屋の中の物には触らないでください」
そう告げると、カリンは再び箱状オブジェの方に向かい、箱状オブジェの表面を触り始めた。
アンナとリディアはその横で、カリンの動きを見守っている。
教皇は床に座り込み、フロリアンは、その斜め後ろに待機している。
こうなると、ユーナとしては完全に手持ち無沙汰。
しょうがないので、部屋の中を物色して回ることにした。
歩き始めて気付いたのが、床のタイル。正方形の白い板が敷き詰められているのだが、見たことが無いくらいの大きさ。しかも、一つ一つが均一に仕上げられており、奇麗なマス目になっている。と言っても、古い物なので、ところどころ割れたり欠けたりはしているが。
そして、奥の方までずらりと並ぶ、ガラスの円柱。30くらいはあるだろうか。
その中には、人の姿の物体が浮かんでいたり、空だったり。
「恐怖の館……出なければ驚異の舘ね、まるで」
思わずそんな言葉が声に出る。
恐怖の館とは、日本で言うお化け屋敷のようなもの。
驚異の舘は、古今東西の珍物を集めて展示した博物館のようなものとご理解いただきたい。




