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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ヴァールガッセンの亡霊
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ユーナ達、コンラッドを追いかける

「どういうこと?」

 ユーナは思わず呟いていた。

 今のコンラッドと二角鬼のやり取りは、まるで主従関係だ。人間と魔物にそんなことがあり得るのか。

「あなたは、カムネリア結社の人ですね?」

 おもむろにクリスがコンラッドに問う。

「カムネリア結社? ……聞いたことある」

 それは魔術を使って非合法な活動を続ける秘密組織。その目的は神代魔術の復活とも、古のカムネリア=ゲイルゴーラ国の復活とも言われており、そのためには手段を問わない。殺人、誘拐、強盗、何でもありなのだ。

 そしてその特徴の1つは……魔物を飼い慣らして使役することにあった。

「ほう、若いのによくご存じですね」

 感心してコンラッドが言った。

 あなたも十分若いけど、と皮肉を言ってやろうと思って止めておく。


「こんなことをしている目的はヴァールガッセンの遺産ね」

「そうですよ。無秩序の業オプス・インオルドニスに属する水晶魔術(アルス・クリスタリ)は、残された資料が少ないのですよ。その点でヴァールガッセンの遺産は大いに期待が持てる。2年を費やして村に潜入し、遺産に近づく機会を窺っていたわけですが、今夜、ようやくそのチャンスが巡ってきました」

「カムネリア結社にしては、やり方が温いわね?」とユーナ。

「その通りなのですが、白い霊を騙す方法が見つからなくてね。さすがにヴァールガッセンと言ったところですか、防御が固い」

「遺産は渡さない。……遺産はトマスとクリスの物よ」とユーナ。

「それはあなたが決めることではない。私が決めることです。どうせ、遺産を受け継いでもあなた方では扱いに困るだけでしょう」

「それでもあなたには渡さない」


「好きにしなさい」とコンラッドはため息をついて続ける。「どちらにしろ私の秘密を知られたからには、あなた達にはこの場で死んでもらいます。……やれ、ヒュペル!」

 命令と同時に、コンラッドの前にヒュペルと呼ばれた鬼が立ちはだかり、徒手空拳で構えを取る。

 口の端を吊り上げて笑う鬼からは異様な威圧感が伝わってくる。

 鬼が武器を使うことはほとんどない。それは武器を使うよりも爪などの肉体を使った攻撃のほうが効率が良いからだ。鬼の爪は、薄い装甲なら簡単に引き裂くと言われている。

 人間を圧倒的に超越する身体能力で敵を圧倒する。それが鬼という対人戦闘に特化した種族の戦闘スタイルである。

 ユーナの目には鬼が消えたと映った。

 次の瞬間には目の端に、爪を立てた白い手が見えた。しかし、それがユーナに振り下ろされることはなく、鬼はステップを踏んで距離を取る。

 ユーナと鬼の間の地面に、緋針が1本突き立っていた。

 クリスが投擲したものだ。

 鬼はそれを避けたのだ。

「ありがと。助かった」

 クリスに礼を言っておく。

 ユーナはレイピアを抜き放つ。

 正直なところ、高速で動く鬼をレイピアの剣先に捉えることが出来るのか、自信はない。

 とは言え、つけいる隙はある。


 鬼の攻撃は単調なものだ。フェイントのような動きは一切無い。

 真正面から近づいて殴打や蹴りで敵を仕留める。

 だが、ただそれだけの動きに人間は対応できない。

 鬼の姿が掻き消える。

 とっさにユーナは鬼が居るだろう空間をレイピアで突く。確かにそこに鬼は居た。しかし剣先は難なく躱され、同時に鬼の爪がユーナに襲いかかる。

 ユーナを庇うようにクリスが真空の刃を発声させるが、それが届くよりも早く鬼は距離を取る。

 二人がかりで防御するのに手一杯の状況。

 このままでは、いずれ押し切られてしまう。

 殺されてしまう。


 〈氷結(フリーレン)〉を使えば、この状況を打開できる。

 そんなことは判っていた。だが、ユーナは躊躇った。子供の頃のとある出来事が原因で、持力を完全解放することができない。

 特に相手が人間の姿をしていたから尚更のことだった。

「動きを抑えることが出来れば……」

 と呟いてから、『抽象魔術』のことを思いだす。ユーナの『抽象魔術』なら、鬼の『動き』を『止める』ことが出来る。

 しかし問題があった。

 ランティエの〈灼炎〉を止めた時は、集中する時間が必要だった。つまり、鬼の攻撃を避けながら精神集中する必要がある。そんなことはほぼ不可能だ。

「クリス、少しの間、鬼の攻撃を防いでくれる?」

「何か策があるんですね。判りました」

 クリスはそう言ってくれたが、現実にはかなり無茶な注文であることはユーナもクリスも理解していた。

 ユーナは目をつむる。

 今回は『鬼の動き』という事象を『止める』。

 止まれ。

 止まれ。

 ユーナは念じ続ける。

 止まれ。

 止まれ。

 止まれ。

 だが、どれだけ念じても成功した感触は得られない。

 焦りが生じた。

 その時、

「きゃあ」

 と叫び声がユーナの耳を突き抜けた。

 目を開ける。

 飛び込んできた光景は、苦悶の表情で左腕を押さえる、クリス。その腕から、滴り落ちる赤い血液。

 鬼がクリスに、怪我を負わせた。


 薄暗がりだというのに、血の赤色はユーナの目に鮮烈に焼きついた。


 瞬間、理性が飛んだ。


 許せない、許せない。

 殺す、コロス。

 何を?

 鬼を。

 クリスを傷つけた鬼を。


 感触があった。


 攻撃してくる者はもう居ない。


「ばっ、馬鹿な!」

 コンラッドが絶句する。


「ゆ、ユーナさん……?」

 クリスが恐る恐る訊いてくる。

 ユーナはすぐに我に返った。


 そこには、冷気を漂わせながら佇む、鬼だった物があった。

 外見はそれほど変わりは無い。

 しかしヒュペルと呼ばれた鬼は完全に凍り付いていた。

 ほんの一瞬でその内臓という内蔵のことごとくを絶対零度まで凍らされ、絶命している。


 ユーナの持力は広域励起型に属し、本来必要であるはずの接触による発現が不要である。つまり、緋針や呪杖を当てる必要がない。

 いかに鬼が素早く動いても、ユーナの持力の届く範囲にいる限り逃れようが無かった。


 ユーナはユーナで茫然としていた。

 これまでも、バケツの水を瞬時に凍らせるようなことは普通にやってきたが、人間大の生物を、その身体を構成する水分の一滴に至るまで凍らせるのは、幼少期以来の経験だった。

 目前で氷のオブジェと化した鬼は、その幼い頃のことを彷彿とさせる。

 ユーナは混乱した。また、繰り返したのか、と。

 そして、ほんの少しだけ気を取り直す。

 少なくとも今回は、人の姿をしているが人間ではない。


「あり得ない、あり得ない」とコンラッドは何度も繰り返した。


 ユーナの背後から息を呑む気配がした。振り向けば、そこにはランティエが立っていた。

「ランティエさん、村人の方は大丈夫なんですか?」とクリス。

 ランティエは答えず、手を顎に当てて深く考え込む。

「ランティエさん?」

 クリスの再度の呼びかけに、ランティエは顔を上げた。

「ええ、あちらは大丈夫。ニキアさんとアンナさんで押さえてくれているわ」


「くそっ! くそっ!」

 司祭にあるまじき悪態を吐きながらコンラッドが脱兎の如く逃げたした。向かう方向は館の入り口。目指すのは緑大理石の間だ。

「ユーナさん、ランティエさん、彼を追います! 付いてきてください!」

 クリスの声にランティエはすぐに反応した。

「ユーナさん?」

「あ、うん、判った。彼の目的地は緑大理石の間よ」

 数瞬遅れてユーナは反応した。

 今は悩んでいる時ではないはずだ。ユーナは両の頬をぱちっと叩いて気を取り直す。


「どうして彼の行き先を?」とクリス。

 ランティエを含めた3人は階段を登りながら情報を交換する。

「緑大理石の間にヴァールガッセンの遺産に続く道があったの」

 クリスははっとする。

「やっぱり暖炉に仕掛けがあったんですね」

「そう」


 3人は階段を登り切り、開かれたままの右側のドアを抜ける。

 暖炉にはまだ、奥に続く通路が空いたままになっていて、コンラッドの姿はすでにない。

「急いで」

 ユーナが先導する。

 コンラッドが白い幽体に遭遇するより前に彼に追いつきたかった。


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