ユーナ達、鬼と再びまみえる。
ランティエは脅すように投擲スタイルで緋針を構える。
「私は術士よ。この子たちの護衛をしている。この子たちに危害を及ぼそうと言うなら、こちらも容赦はしない」
村人たちに動揺が走る。しかし、その中の幾人かはすぐに立ち直り、
「やってみるがいいさ! さあ、アルバン様、お願いします」
とリーダーの少年を急かした。アルバンは少し躊躇いを見せたが、すぐに決意の眼差しをユーナ達に向け、詠唱を始める。その手には、小さな角柱状の水晶が握られている。
「フィアト・プセウドオミニ・クリスタロルム」
起動呪文を受け、無傷の石像数体が活動を開始する。
アルバンが指示呪文と共にユーナ達を指さす。呪文の内容からすると、敵であるユーナ達を排除するよう命じたようだ。
こうなっては戦うより仕方がない。ユーナも覚悟を決めた。
「ニキアは村人をお願い。足止めするだけで良いから」
「判った」
即座にニキアは前に出た。対人戦闘技術を学んでいるニキアの方が人間を相手にするのは向いているはず。後はニキアがやり過ぎないことを祈るだけだ。
「ランティエさんはニキアと一緒に。〈灼炎〉は使わないで」
ランティエはいきなりのユーナからの指示に驚いた様子だったが、「判ったわ」と従った。ユーナ達4人の連携力の高さは、旅行の途中で1度目にしている。
「アンナは石像を〈裂地〉で壊して」
ユーナの意図を汲み取ったアンナは「はい」とだけ答えた。
「わたしはどうすれば?」とクリス。
この場から領主代行が姿を消すのは、逃げたみたいで良くないかもしれないが、この後ユーナがやろうとしていることのためには、クリスの存在は不可欠だった。
「クリスはあたしと一緒に」
「判りました。それでどうすれば良いのでしょう」
「トマスを連れてくる」
トマスを引き渡しても退かないと村人は答えたが、この状況を収めることが出来るとしたら、やはり彼しかいないだろう
彼を説得し、村人の暴挙を止めてもらう。トマスが村人にとっての領主なのだとしたら、その命令には従うはずだ。
ランティエを含む3人には、ユーナとクリスがトマスを説得して連れてくるまでの時間稼ぎをしてもらう。
「じゃ、お願い」
と言ってユーナとクリスは館の中庭へ姿を消した。
アルバン——おそらくはトマスの弟——が起動した石像は全部で5体だった。
アンナは『石像を壊して』というユーナの要求を正確に理解していた。昨晩は、壊してしまって良いのか判らず、地面に裂け目を作って石像を転けさせるという地味な方策を採ったが、今回は違う。
アンナは呪杖に持力を込めると、持っているのとは反対側の杖の先で石像を軽く小突く。
それだけで、石像は呪杖が当たった箇所を中心に大きく亀裂が入り、音を立てながら、ずれ落ちるように地面に崩れ落ちた。
そうやってアンナは、あっという間に5体の石像を破壊した。
「な、なんなんだよ、あんたら……」
村人たちは仰天したようだった。ほとんどの者がアンナに釘付けになって我を忘れている。彼らは、自分たちが敵対している人間全員が術士に相当する力を持っているとは想像だにしていなかったのだ。せいぜい、術士と自ら名乗ったランティエと、体格が良いニキアをどうにかすれば事足りると思っていた。
それが、全くの当て外れとなった。
アンナの破壊活動が良い示威行動となったので、ニキアとランティエの仕事は半減した。
もしそうでなかったら、手加減しながら戦わなければならず、かなり手こずる所だった。
「あたしも館生だからね。呪闘士専攻の。つまり魔物じゃなくて、人間が相手の術士の卵ってとこ」と飄々と自慢気に自己紹介したニキアは、次の瞬間には表情を厳しくし、ドスのきいた声で、
「だから、やるなら本気でかかってこい!」
と鞘に収めたままの緋剣の先を村人に突きつけた。
「ニキアさん、それは挑発になってるわよ。私たちは彼らを宥めるのが役目なんだから……」
半ば呆れてランティエが忠告する。
「えーと、せっかくだからかっこいいこと言っておきたいと思って」
ニキアは頭を掻きながら弁解した。
「そんなに言うなら、相手してやるよ、ねーちゃん」
村人の中から進み出る姿があった。その男は血気盛んな年頃の青年で、ニキアより年上だった。あからさまに好戦的な表情をしていて、なぜか鉄剣を携えている。
「おっ、良いねえ。じゃあ、お相手願おうかな」
ニキアは鞘に収めたままの緋剣を構える。
「剣は抜かないのか?」
「必要ない」
「泣いても知らねーからな」
この男には、大言を吐くだけの根拠があった。
「今でこそ農民だが、元を正せばヴァールガッセン家お抱えの騎士の家系だ。剣術の稽古も欠かしたことはない。悪いが、ねーちゃんに勝ち目はねーぞ?」
「あっはっは。そう言うのは勝ってから言いなよ」
どうやってトマスを説き伏せようか、いろいろと考えを巡らせながらユーナは執事室に向かった。
すると、その執事室のドアが開いて、姿を見せる者がいた。
「おや、お二人とも。お早いお戻りですね」
「コンラッド司祭。どうなさったんですか?」とクリス。
「ええ、村人たちが心配になりまして……」
コンラッドが全てを言い終えるよりも早く、彼の背後からシィルの声がする。
「ユーナ様、クリス様、司祭を捕まえてください! その人は偽者です!」
「えっと、どういうこと?」
ユーナもクリスも、シィルの言葉に困惑した。目の前の人物が司祭の偽物という意味なのか、コンラッドの偽物という意味なのか、判断がつかなかった。
ユーナが見る限り、本物のコンラッドだ。
しかし、コンラッドはそれまでの柔和な表情を打ち消し、人が変わったような邪な顔で、ちっと舌打ちした。
さらにトマスがシィルに肩を貸してもらいながら姿を見せる。
「指輪を盗まれた! 大事な指輪なんだ、そいつから取り返してくれ! でないと取り返しの付かないことになるんだ!」
トマスの言葉で、ユーナは理解した。
村人たちの領主であるトマスが持つ指輪。それは〝カッシート〟が示せと言っていた『証』だ。
ユーナはそれを確かめるべく、口を開く。
「それはヴァールガッセンの『証』で間違いないわね?」
トマスは驚愕して目を見張った。指輪の意味をユーナが知っているとは思わなかったのだろう。
「そうだ、あの指輪は『証』なんだ」
トマスが肯定する。
「やっぱり……」
「どういうことなんでしょうか?」
クリスが説明を求めた。その反応は当然のことで、クリスは緑大理石の間の仕掛けのことを知らない。
「結論から言うと、トマスは旧ヴァールガッセン家の末裔なんだよ」
「え?」
「正確には最後の領主〝カッシート〟の弟、ラルスの子孫だ」
トマスの説明に、さらにユーナが付け加える。
「『七日間事件』で国外追放になったのは〝カッシート〟だけ。じゃあ、その他のヴァールガッセン家の人たちはどうしたのか。爵位は剥奪されていて、貴族として生活することはできない」
「そうだ。だから、俺の先祖は野に下り、村に交わった。クリフト村の住人として生きていくことを決めたんだ」
「トマスが村人から領主って呼ばれるのは、そう言う理由があるからなのよ」
「なるほど、そう言うことなんですね」
「それでなんだけど、」とユーナはコンラッドに向き直る。「司祭様は、どうして指輪を奪うようなことをしたの? まさか、ただの泥棒って訳じゃないんでしょ?」
二階で彼の話を聞いていた時は、人の良い宗教家だと思っていた。それが、どうやら違う顔を持っているらしい。
「そいつは偽司祭だ。ヴァールガッセンの遺産を奪うのが目的だと言っていた」とトマス。
「彼は何を言っているのでしょう? わたしには判りかねます。さて、わたしは村人たちの説得に向かわないと」
コンラッドは歩き出そうとする。ユーナはそれを押し止めた。
「村人に嫌われているあなたが、どうやって村人を説得するつもりですか?」
「これは痛いところを突かれてしまいましたね。ですが、それでも役目を放棄する訳には行かないのですよ。これでも司祭なので」
「この際、あなたが司祭かどうかはどうでも良い。でも、指輪はこっちに渡して」
ユーナはコンラッドに手を差し出す。
「指輪なんて持っていません」
「そんなはずない」
「わたしより彼を信じるというのですか?」
「言ったでしょ、あなたが何者かなんてどうでも良い。でも、トマスのことは信じて良いと思ってる。そもそも、ヴァールガッセンの遺産に村の司祭がどんな関わりがあり得るっていうの?」
さあ、返して、というユーナに対して、コンラッドは表情を歪めた。
「どうしても、ですか……」
ユーナは頷く。
すると、コンラッドから、くっくっくと、喉を鳴らす笑い声が聞こえた。
「それでは仕方ないですね……ヒュペル!」
コンラッドが叫んだ瞬間、白い影が現れて彼の前に跪く。それは実態を伴った存在で幽体ではない。
「御前ニ」
白い影が雑音のある聞き取り難い声を発した。
コンラッドは、それに告げる。
「この場の全員を殺せ」
「承リマシタ」
立ち上がった白い影の頭部には、角が生えている。
「……二角鬼」
昨晩、緑大理石の間で遭遇した個体に相違なかった。




