逆襲3
「あ、ちょっと、クリス⁈」
というユーナの制止も聞かずに、クリスは聖騎士達日が付いていく。クリスの持力の特性は近接戦闘は向かないはずだ。最近は緋爪術に傾倒しているようだが、それだって、混戦向きとは到底言えない。だと言うのに、躊躇いすら見せずに、いや、むしろどこか期待しているような表情が見え隠れしている。
ユーナからは見えないが、クリスは左右の手の甲に装着した緋爪の内、右側を籠手から外し、腕に巻きつけるように付けている。
それをどうするのかというと。
クリスは前面に出ていた敵側の聖騎士に走り寄ると、徐にその右腕を、聖騎士の胸部鎧に近づけ、足は縦に開いて踏ん張る体勢を取る。
どんっ。
次の瞬間には、空気が爆発するような強烈な音と共に、クリスが腕を向けた聖騎士が後方斜め上に吹っ飛んでいく。同時にクリスも、両足で地面を擦りながら後退する。何が起こったのか、ユーナはすぐには理解できない。
聖騎士達も同様に唖然としていたが、立ち直りはユーナより早かった。
敵の聖騎士達はクリスを侮ってはいけないと認識を新たにし、数人がクリスに剣を向ける。
以前のクリスなら、そこで更に後退していただろうけれども。
この時のクリスは、逆に、聖騎士達に立ち向かっていった。
そこで繰り広げられた戦闘は、理解を範囲を超えるものだった。
敵の聖騎士の1人が、剣を振り上げ、クリスに向けて振り下ろす。
それをクリスが腕で受け止める……?
と思った瞬間には、聖騎士の剣は爆音と共に空中に跳ね上げられている。もちろん、剣は聖騎士の手から離れ、空宙を飛んで闇の中に消えていく。
だが、それを見守る暇は聖騎士には与えられず、彼もまた、胸部鎧に衝撃を受けると、同じように空宙を吹っ飛んだ。
「鎌鼬のゼロ距離攻撃、でしょうか」
ユーナの傍にいるアンナがそう呟く。
「あ、そう言うこと」と、呆気にとられていたユーナはいったん納得しかけたが、「いやいや、ちょっと待って? 不味いんじゃないの?」
と、慌てて言い直す。
なぜなら。
クリスはもともと非力だ。まあ、一般的なお嬢様に比較すれば、力はある方なのかも知れないが、ニキアのように鍛えている訳ではないし、近接戦をするのに向いているとはとても言えない。
そんなクリスが、鎌鼬のゼロ距離攻撃なんてことを繰り返したら、クリス自身に跳ね返る反動とダメージも半端なものではないはずなのだ。
クリスでなくとも、何度もそんなことを繰り返していては身体が保つはずがない。
「クリス、下がって⁈ クリュオ、クリスが下がる支援を!」
「畏まりました」
命令を受けたクリュオの行動は早かった。
クリュオは、未だに敵の剣と身体を吹き飛ばしつつけているクリスの前にさっと割って入ると、ユーナがやったのと同じように、鎧を急激に冷却して周囲の敵の動きを止める。そして、クリスを背中に担ぎ、ユーナの所に戻ってきた。
そしてクリスを置くと、クリュオはまた前線に戻って行く。クリスが抜けた離れた穴を埋めるためだ。
クリスは、立っているのがやっとな程に息を切らせていた。腕にいくつか裂傷はあるが、幸いなことに命に関わるような状態ではない。
「どうして……」
こんなことをするの? と非難しそうになって、ユーナは言葉を呑み込む。ぜーはーと肩で息をするクリスは、それでもどこか、満足気だったからだ。
「無茶はしないで、ここで休んでて?」
「そう、ですね。この戦い方は、わたくしには向かないようです……」
ユーナが言わずとも、自分のやったことがどれだけ無理があることなのか、クリス自身、もう気付いている様子。
「聖騎士殿、お願いがあります」
ユーナは案内のために行動を共にしていた聖騎士に向き直る。
「はい、何でもお申し付けください!」
「彼女を、安全な場所まで連れて行ってください。教皇猊下のことが気掛かりとは思いますが……」
「もちろん、猊下のことは心配です……しかし、問題ございません。わたしは確信いたしました。侍女までが、これほどの戦闘力を持つ監視官殿ならば、お任せして大丈夫だろうと。ですから、侍女殿のことは、私に任せ、先に行って下さい!」
「ありがとう。じゃクリス、また後でね」
「はい、お待ちしていますね」
クリスは、ニコリと笑顔を返してくれた。




