ユーナ達、村人達と対峙する
「しかし、村人が何かを隠していることはずっと気になっていました」と、コンラッドは話を続ける。
「あの石の馬が魔術の一種ではないかと思い付いたのは随分経った後のことでした。しかし、それならそれで疑問が残る……」
「術士は帝国が管理していますからね」とクリス。
帝国に管理されていない術士は、原則的にクヴァルティスには存在しない。
もし居たとしてもそれは『放浪魔術師』と呼ばれ、定住する宛のない流浪の民か、セツェンなど他の国から訪れている術士に限られる。
……この村には、隠れた術士が存在する。
コンラッドの考えは、クリスの認識に合致していた。
「司祭の仰ることは理解できます。わたしも同じような疑問を持っていました」
司祭は心の底からほっとしたように胸をなで下ろす。
一方で、ユーナたち3人は状況を全く飲み込めていなかった。領主代行としてのクリスと村の司祭の重要な話の邪魔にならないよう黙っていただけだ。
「ですが、どうしてそのようなお話をわたしにしてくださったのですか? 村人に知られたら、大変なことになるのは明白でしょうに」
「新しい領主がいらっしゃると聞いて、どうしてもお耳に入れなければならないと思ったのです。この村は異質です。それを知らずに統治するのは困難でしょう」
「確かに、わたしも視察の時にそれは感じました」
その気持ちはユーナも一緒だ。ただ、クリスよりも情報が少ないので、曖昧にそう感じているだけだが。
「村人にどのように接すれば良いのでしょう……」
クリスは独り言を言った。
その疑問に答えられる者は、この場には居ない。
「それにしても司祭様までこの館に不法侵入してたなんてね。この村の人は不法侵入が好きなのかしら」
ユーナは呆れて言った。
「すみません」とコンラッドはすまなさそうに謝ったが、こう付け加えた。
「私はクリフト村の人間ではありませんよ。一時的に留まっているだけです」
コンラッドは顔を歪めた。
それは彼が村人に受け入れられていないことへの自嘲と受け取れた。
その時、ドアが開いて慌てた様子のシィルが入ってくる。
「失礼をお詫びいたします。ですが緊急の事態が起こっています。ランティエ様から、皆様に早急に庭園に来て頂きたいとのことです」
あのランティエが依頼してくるくらいなので、ただ事ではないことはすぐに判った。
「あの、わたしはどうすれば良いのでしょうか?」
おろおろしたコンラッドがクリスを呼び止めた。何が起こっているか判らない場所に彼を連れて行くことは出来ないと判断したクリスは、
「ここに残って待っていてください」
と告げた。コンラッドは安心したように首を縦に振った。
4人は頷き合うと、それぞれに呪具を取りに部屋に戻る。
ユーナは呪杖にすべきかレイピアにすべきかで迷った。しかしそれも一瞬で、レイピアを手に取った。
4人が庭園に赴くと、そこは松明に照らされて明々としていた。それを手にしているのは村人で十数人はいるだろうか。彼らはさらに鋤などの農具を携えている。
炎によって浮かび上がる彼らの表情は、怒気に満ち溢れている。話し合いをしに来たようには見えない。逆に戦う気満々だ。
村人たちと対峙していたランティエがちらりと視線を投げて寄こす。彼女もこの状況をすべて把握できている訳ではなさそうだった。
いったい何が彼らを突き動かしているのか、ユーナにも理解できない。
昼にトマスを迎えに村人が来たが、今回も同じ用件なのだろうか。あの時は納得して帰ってもらったはずだったが……対応が不味かったのか。
ユーナは、この場をクリスに任せるべきか迷った。昼の出来事をまだ話せていないので、クリスはこの事態をまったく飲み込めていないはず。
そのクリスは動揺している様子だったが、それでも責務を果たそうと声を発した。
「何事ですか、みなさん。どうしたと言うんですか?」
返った言葉は、脅しだった。
「お前たちには死んでもらう」
「え?」
何がどうしてそう言うことになるのか、理解が追いつかない。
「あなたたちは村の秘密を司祭から聞いたはず。それを外に漏らされる訳にはいかないんです」
一番前に立つ少年が言った。彼がこの集団のリーダーのようだが、彼には他の村人が放つ焦りや怒りのようなものは感じられなかった。
村の秘密とは、
この村には水晶術が伝えられていること。
そして、それを村人が隠していること。
これで間違いないだろう。
これは重大な秘密だ。禁術に関わっていたのだから。下手をすれば村人全員が処罰されることになる。
ユーナはそんなことは望んでいない。ヴァールガッセンの遺産を見つけたとしても、そのままにしておくつもりだった。クリスにもそう進言するつもりだった。
そしてクリスも、思いは同じはずだった。
しかし、それを喋る訳にはいかなくなった。そんなことをすれば、村人との戦いが確実になる。
「その秘密とは、『村人の中に持力を持つ人がいる』ということですか?」
突然、クリスが村人に聞き返す。
「え? そうなの?」
驚いたユーナも聞き返した。クリスは眉を寄せまま頷きを返した。
「それは大変だわ……」
ユーナの呟きは本人の意図とは関係なく、村人には彼らを責める言葉と理解されたようだった。
しかしユーナの思いは全く別だった。
『村人の中に持力を持つ者がいる』ということは、『水晶術による石像を起動できる者が村人の中にいる』ということになり、つまり、『トマスが石像を起動した』という解釈に繋がる。
アンナの説が現実味を増すことになる。
「あなた達、こんなことを領主代行にしたら、大変なことになるのよ? 判っているの?」
前面に立つランティエが諭す。
これは脅しでも何でもない、本当のことだ。
しかし、村人の返答は違った。
「俺たちの領主はお前たちじゃない。余所からやって来て勝手を言うな!」と別の男が叫ぶ
「勝手を言ってるのはあんたらだろ!」とニキア。
「関係ない奴は黙ってろ」とまた別の声。
「関係ない訳ないでしょ。だいたい、領主が他に居るはずがない……」
と言ったとき、ユーナは瞬間的に理解した。彼らの言う領主とは、誰なのか。
「もしかして、あなた達の領主って、トマスのことなの?」
誰も何も答えない。その事が、ユーナの思いつきが正しいことを証明していた。
考えてみれば、思い当たることはいくつかある。
どうして昨晩、トマスは庭園に居たのか。
どうして村人は、トマスの引き取りに固執するのか。
どうしてトマスは、白い霊と〝カッシート〟の肖像に似ているのか。
「トマスさんが領主?」とクリス。
「説明は後回し」
と答えておいて、ユーナは村人たちとの方を向いた。
「1つ訊きたいんだけど、トマスを返せば、この場は退いてくれる?」
リーダー格の男が無言で首を振った。
戦いは避けられないということか。
正当術士が1人と、館生が4人いれば、農具を武器とした村人を相手に戦っても負けることはないだろう。ただし手を抜く余裕は無いので、死人が出ることは間違いない。
それこそ避けなければならいことだ。




