急襲3
拠点となっている建物を出ると、少し距離を置いて、多くの松明の明かりが燃えていた。
その中で時折、暴発するように炎が上がる。フラグランティアの炎だと思われた。彼女が騎士達を殺していないか、一瞬、不安が過るユーナだが、フラグランティアはこれまで自ら約束を違えたことはない。だから、上手くやってくれているだろうと思い直し、自分の成すべき事に意識を集中する。
「北の包囲をすみやかに突破しましょう。そうしないと、他の方角に配置された敵が集まってきて、動けなくなります」とアンナが進言をくれる。
「聖騎士って、確か金属の鎧を着てたよね?」
聖堂教会本部で何度も見かけていた、白を基調とした鎧を着た連中が聖騎士と呼ばれているはず。
「はい、鉄製のフルプレートです。彼らは任務中は、必ず鎧を着ています」とアンナの答え。
「だったら、ちょうど良い。久しぶりにやってみるわ」
ユーナが言っているのは、金属の〈氷結〉。子供の頃に試して知ったことだが、金属は冷やすと脆くなる。
もっとも、脆性を引き出すまで低温にすると、恐らく鎧を着ている人間の命に関わる。なので、手加減が重要なのだが。
ユーナももう、幼い頃とは違う。これでも持力の精密操作は、ずいぶんと鍛錬したのだ。
目前に広がる松明の辺りを意識して、ユーナは持力を広域に放つ。
すると、松明の下は騒ぎになり始めた。
「行こう。ニキア、敵対する相手だけ無力化して」
「言われなくても!」
ニキアが、細身の反った剣を抜き放ち、松明の方へ走り始める。ユーナ、クリス、アンナもそれに続く。
ユーナ達が接敵した時には、聖騎士達の陣形は崩れに崩れ、もはや戦闘どころの騒ぎではなかった。
それでも、
「監視官が紛れ込んだぞ! 捕らえろ!」
と声が掛かり、寒さに凍えているはずの聖騎士達が数人、近づいてくる。中には鎧を、チェインメイルまで脱いで、ほぼ下着だけという出で立ちの者もおり、ユーナ的にはその忠誠心は立派と褒め称えたいところだが、下着姿の男性では、視線を向けるのに支障がある。
クリス、アンナもそんな気後れがあったが、ニキアだけは違う。
「あはははははは、行くぜ、おっさん!!」
久しぶりに見る、ニキアの戦闘時高揚。
彼女が握るのは、帝国で一般的な両刃片手剣ではなく、片刃の反った剣だ。なんでも、東方からの留学生からもらったもので、使いこなすための剣術も手ほどきを受けたとか。
こっちの方が、斬ると気持ちいいんだよね! とまるで殺人狂のようなことを自慢していたのを、ユーナは思い出す。
テンション高いニキアが、相手を殺すのではないかと不安を覚えていたユーナだが、それも杞憂に終わる。
すらっと、流れるような弧を描き、片刃剣が上から下へと振り下ろされる。実際にはかなり速い動きのはずが、ユーナの目にはいやにゆっくりと映る。それだけで、敵の何かが斬れたとも思えないような剣裁き。
しかしニキアの剣は、確かに斬っていた。
騎士ではなく、騎士が持つ剣を。横に真っ二つに。
だというのに、ニキアの剣は折れるどころか、曲がりさえしていない(元々、反っているので、気付けないだけかも知れないが)。
「柔いな、おっさん!!」
剣を斬られた騎士は、呆然として、先がなくなった剣を見つめるばかり。その顔に戦闘を継続する意志は感じられない。
戦場で唯一の頼みとする武器を、敵の武器によって駄目にされたのだから、ショックは大きいのだろう。
無力化という意味では、ニキアのやり方は効果的だった。
「先に進みましょう」
一番冷静なアンナが声をかけると、ユーナにとっては物凄く意外だったのが、ニキアが、
「おう!」
と素直に従ったことだ。
それがあり得ないことに思えたので、聖騎士達の包囲を突破したところで、ユーナがニキアに、
「珍しくあっさり引いたわね?」
と聞くと、ニキアは気まずそうな表情をして、
「実はこの剣、カタナって言うんだけど、借り物なんだよね……」
と頬を掻く。
「あー、そういうことね」
いくら相手の剣を斬るような凄い剣でも、使い続ければ駄目になる可能性が高い。多分、そのカタナを作製する技術は帝国に無いだろうから、壊れたからと新しい物で弁償というわけにも行かない。
「それに、師匠から『刀とは武士の心である』って聞いてるからね……」
ユーナにはその師匠の言葉の真意はよく判らないが、ともかく、ニキアの暴走を防ぐ切っ掛けになったのなら、それで良いと思うことにした。




