拠点襲撃2
南へ続く道は、まだ市街のはずなのだが、廃墟のような家屋が並ぶばかりで、その歪んだ窓からこぼれる明かりもほとんど無い。
「人の気配は、ほとんどありません」とクリュオ。
「この辺りは誰も住んでません」とアテレが答える。
やがて、前方にわずかな光が見え始める。
十分に距離をとって、ユーナ達は歩みを止める。
拠点は、大きな民家を流用しているようで、その周囲にも建物が残っている。
「フラグランティアさんは東側正面から。クリュオは建物の西側、あたしとアンナとアテレで北、クリスとニキアで南をお願い。配置完了したら、フラグランティアさんが突入して制圧。でも、敵対行為がない限り、無効化に留めて」
「「御意」」
「「了解です」」
「わかった〜」
それぞれが配置に就くと、それを見計らってフラグランティアが屋内に押し入る。
その結果、逃げ出す連中が出てくる、とユーナは想定していたのだが。
フラグランティアの突入後、何やら人の声は聞こえるものの、慌ただしい足音も、まして闘いの音も聞こえてこない。
ユーナが、状況を図りかねていると、ユーナの前の扉がひらき、出てきたのは女性だった。
屋内からの光で逆光になり、その顔は見えない。だが、獣耳も角も見えないので人間と思われた。それを証明するかのように、アテレが、
「お母さん……」
と呟く。
この人が、獣人との間に子を成した女性……。
そのことに思い至り、ユーナはすぐに言葉を発することが出来なかった。
さぞ、悔しい思いをしたことだろう。苦しい思いをしたことだろう。想像を絶する彼女の苦難を思うと、すぐに言葉が出なかったのだ。
しかし、そんなユーナの考えるイメージを全く感じさせない明るい口調で、女性は言った。
「あら、アテレだったの。無事で戻ったのね。ところで、この方々は、どなた? あなたのお友達、ではないのでしょう?」
「あたし達は、あなたと、ここに居る人間を助けに来た……のですが……」
まるで出かけていた娘を出迎えに出た母親のような応対に、ユーナは毒気を抜かれる。
一方で女性の方は、ユーナの言葉の意味を正確に理解したようだ。しかし、助けを請うようなことは無く、
「ともかく、中へどうぞ」
とユーナ達を招き入れようとする。
「他の方々にも入ってもらうよう、お願いできますかしら?」と女性。
「クリュオ、伝えてきてくれる?」
ユーナが促すと、頷いたクリュオはその場から離れた。
家は元は豪邸の部類だったのだろう、広い部屋が幾つもあった。ただ、壁や床は穴が開いたり汚れたりしていてぼろぼろ。掃除も行き届いているとは言い難い。
そんな状態でも、ユーナが幼い頃住んでいたファイラッドの貧民区に比べれば、かなり住みやすそうだ。
ユーナたちは、そんな家の、元は応接室だっただろう部屋に通された。
「お茶を持ってくるわね」
と女性が居なくなると入れ替わるように、フラグランティアとクリュオ、それにクリスとニキアが入ってくる。精霊2人はともかく、クリスとニキアは状況が理解できず、呆気にとられている様子。
なので、今のところ緊急性は無いことを伝える。
そして、この状況を理解するために、ユーナはアテレに顔を向けた。
「あの女性……あなたのお母さん? は、いつもあんな調子なの?」
思わずアテレに訊いてしまうユーナ。
「『いつもあんなちょうし』の意味が分かりませんが、母は、ああいう人です」
「そう、なんだ」
拍子抜けする。
これだけ大変な目にあっていたのだ、てっきり、憎悪に燃えているか、憎みすぎて疲弊し、無気力になっていると思っていたのだが。
あれは、普通のお母さんにしか見えない。
それがどういうことなのか、この後すぐに、ユーナは知ることになる。




