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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ヴァールガッセンの亡霊
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ユーナ達、司祭の話を聞く。その2

 そんな折、私室に居るとき、ヴァールガッセン山の方角から音が聞こえてきた。かん、かんと金槌を振るうような音だった。

 ああ、村人が館を修復しているのだなと、その時は気にとめることはなかった。

 しかし、その音は深夜になっても続いた。まさか夜になっても修理を続けているとは思えない。

 そんなことが何度か起こった。


 不思議に思ったコンラッドは、村長宅を訪れ、館から聞こえる音について質問してみた。

「ああ、あれは時々、聞こえてくるのですよ。他に何が起こるでもなし、問題ないでしょう」

 その説明にれ納得がいかず、さらに食い下がると、

「もしかすると、ヴァールガッセン家の亡霊かもしれませんな。いや、冗談です」

 とはぐらかされた。


 不審に思ったコンラッドは、館を訪れてみようと考えた。

 実は館に行ってはならないと村長からは釘を刺されていたのだが、好奇心が勝ったと言うのが実情だ。

 翌日の午前には支度を整え、ヴァールガッセン山に登るつもりで聖堂を後にした。

 私服に着がえていたせいか、誰に見咎められることもなく館まで辿り着いた。


 館の門は閉ざされていて、中に入ることはできないようだった。

 しかし、扉の前に立った途端、門は開いていった。

 不思議に思いながらも門をくぐり、中庭に出る。

 そこに幽霊を見つけ、ぎょっとした。

 輪郭がはっきりした白い霊が庭の中央に立ち、コンラッドを見つめている。

 身体は細め。こけ気味の頬に、しっかりと結んだ口許。全体的に、神経質そうな印象を受ける。

「そなたは、ヴァールガッセンに連なる者か?」

 それは幽霊の声としか思えなかった。

「いいえ、違います」

 咄嗟にそう答えていた。

「……客人か。では用は無い。疾く去れ」

 そう言うや、白い幽霊はかき消えてしまった。

 気味が悪くなったコンラッドは、そのまま引き返すことにした。

 この時になって、前任司祭の最後の言葉を思い出した。

『村のことに深入りしてはいけない』


 山を降りると、そこで村の男2人とばったり会った。

「ここで何をしておられるのですか、司祭様?」

 男の片割れが訊いてくる。

 コンラッドは、少し迷ったが、本当のことを話すことにした。

「この山の館を見学に行って来ました」

「ほう、それで、何かに出会いましたか」

「そうなんですよ、白い幽霊に出くわしまして。怖くなって帰ってきたところです」

「ほう、その霊は、どのような顔をしていましたか?」

「そうですね、頬がこけていて、神経質そうな……」

 そこまで言いかけて、目の前の男がそっくりなのに気がついた。

 コンラッドは息を呑む。

「……一体、どういう……」

 男がニヤリと笑った。

 するともう1人の男がコンラッドを見て大声で笑う。

「なんて顔をしてやがるんだ!」

 ひとしきり笑った後で、今度は顔を歪ませて怒り出した。

「館に勝手に行くとはどういうつもりだ! 司祭だとしても許されることではないぞ!」

 全くその通りなので、コンラッドは返す言葉がない。

「このことは村長に報告しておく。覚悟しておけ!」

 息巻く男を、霊に面貌が似た男が宥めた。そしてコンラッドに向かって、

「理由はどうあれ、あなたの行いは許されるものではありません。相応の処罰を覚悟していただきましょう」

 と、脅迫とも取れる台詞を吐いた。


 劇的な変化は次の日曜日に起こった。

 礼拝の準備をして聖堂に赴くと、そこには誰もいない。

 コンラッドが時間を間違った訳ではない。村人が示し合わせたように参集しなかったのだ。

 そこで、白い霊に似た男の台詞を思い出した。

『相応の処罰を覚悟していただきましょう』

 その日以降、聖堂に村人が訪れることは無くなった。


 村人の懺悔を聞くことも、相談を受けることも無くなったコンラッドは暇を持て余すことになったが、一方で外を出歩くことも出来なくなった。というのも、外に出れば出会った村人に白い目で見られ、声をかけても無視をされる。それに耐えられなくなったのだ。

 館を見に行っただけでこれだけの目に遭おうとは思いもしなかったし、いまだに不思議にさえ思う。

 昔から好奇心だけは旺盛だったが、それが裏目に出た形だ。


 ある日、聖堂に付属の小さな書斎で頬杖をついて窓の外を眺めていた。目に入る風景は、村の町並みと、その向こうに広がる畑。

 コンラッドは、そこに異質なものを見つけた。

 目をこらして見ても、あり得ないものであることに変わりは無かった。

 それは、荷車を引く動物だった。いや、動物と表現するのが正しいとは思えない。

 なぜならそれは、石で出来ていたのだから。


 魔術の素養の無い彼にとっては、その光景は異常事態だった。

 コンラッドは聖堂を出て確かめに行かずにはいられない。

 彼が姿を見せると、馬の形によく似た石像が村人に付きそわれて道を歩いている。

 呆然として眺めていると、村人が大声を上げる。すると何人もの村人が集まってきて、彼を後ろ手に締め上げてその場から連れ出した。

「何をするのですか! 止めてください!」

 その叫びを聞き入れる者はいなかった。

「司祭だからって踏み込んじゃいけないところがあるんだ。先代から何も聞かされなかったのか?」

 コンラッドを締め上げた男が言う。

「見られたからには監禁してしまおう」

 別の男が提案すると、賛同する声が上がった。

「まず、村長に相談しよう」

 コンラッドは村長宅に連行された。


「見られた」

 コンラッドを連行した男の一人が、村長とその息子と思われる青年に言った。

 その後も会話は続いたが、コンラッドの耳には届かなかった。

 なぜなら、その目は、村長の息子の顔に釘付けになっていたのだから。

 その顔は見覚えがあった。いや、見覚えどころではない。はっきりと目に焼き付いて離れない顔。

 館で遭遇した白い幽霊。

 そして、館を出た後に会った村の青年。

 まるで同一人物のような二者。

 彼が、村長の息子だったのだ。

 コンラッドが我に返った時には、彼の処遇についてはすでに話が決まっている様子だった。

 村長の息子がニヤリとしてコンラッドに訊く。

「コンラッド司祭。あなたは、()()()()()()()()()?」

「え?」

 思わず聞き返した。

 ()()を見たからこそ、手荒にここまで連れてこられて、まるで罪人のように扱われているのではないか。

 そう言いたくなるのを飲み込む。

「もう一度訊きます。あなたは、()()()()()()()()()?」

 青年は人を食ったような表情で、コンラッドを見る。

 取引を持ちかけられているのだとコンラッドは悟った。

 ここで『何も見ていない』と答えて知らぬ存ぜぬの態度を示せば、おそらく不問にされ、今後もこの村の司祭として、少なくとも今までと同じ日常を送っていくことが出来る。

 しかし、『見た』と言った場合はどうなるか全く想像がつかない。まさか殺されることはないだろうが、ずっと監禁されるくらいのことは十分にあり得る。

 コンラッドは、日常を選択した。

「いいえ、何も見ていません」

「そうですか。それは良かった。では、コンラッド司祭を解放してあげてください」

 村長の息子が有無を言わさず村人に命じた。


 こうして、コンラッドにとってのひとりぼっちの日常が戻ってきたのだ。


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