フラグランティアの報告
「報告いたします。やはりこの獣人ハーフからは、有益な情報は得られませんでした。この者に命令を出していたのは、下男の服装をしていたようですが、名前までは判らず仕舞いです」
「フロリアン、心当たりは?」とユーナ。『保守派』の内情なら彼が一番知っている。
「情報がそれだけでは、何とも言えません」
フロリアンは小さく首を振る。しかし、すぐに自信のある表情で続ける。
「ですが、しっぽは掴んだも同然です。この刺客が生きている限り、結社はその死を確認するまで、新たな刺客を送り込んでくるでしょう。任務失敗は、死を以て償わせる……それが彼らのやり方のようですから。そして死を見届けた後も、刺客は送り込まれることになります……」
「ユナマリア様が命を落とすまで、か……」
そう呟くように言を継いだのはフラグランティアで、その声は、一瞬で場が凍るような冷気を帯びている(炎の精霊なのに)。
フロリアンは、その冷え切った威圧に抵抗して、
「仰るとおり。であれば、こちらから無理に仕掛けずとも証拠は向こうから来ると言うことです」
と悪くない考えを示すが、フラグランティアは一応肯定の意志を示しつつも、否定的な考えを示す。
「確かにそれは、その通りでしょう。しかし、刺客は使い魔の鬼族や獣人ばかり。結社の中枢に手が届くまでに時間がかかりすぎる」
「それは、確かにそうね」とユーナ。するとフラグランティアは、口元をほんの少し綻ばせて、
「いっそ、記録を読みますか?」
とユーナに訊いた。その口調は、ユーナを試そうとしているようにも見える。もしかするとフラグランティアの目論見はそこにあって、そのために議論を誘導したのかも知れない。ユーナはふと、そんな風に思った。
フラグランティアは炎系第4位の高位精霊なので、『秘匿されし世界録』の参照管理権限を持っている。
『記録を読む』とはそう言う意味で、そうすれば結社員の割り出しなど訳は無い。
しかしフラグランティアは、主人たる『世界の管理者』から安易な記録の参照を禁じられている。つまり、その許可を求めた形になるがーー。
ユーナは即座に否定する。
「それには及びません。人の世には人の世の収め方というものがあります」
ユーナは申請を一蹴する。尤も、許可はやたらと与えないようにと、友人にして同じフルヴィアの魂を受け継ぐルツィアに念を押されているのが理由だが。ユーナは許可しない理由は詳しくは知らない。
「出過ぎたようです。ご容赦ください」
「許します」
「ではひとまず、次の襲来を待つことにしますか?」とアンナ。
「そうするしかないでしょう。ともかく、敵が何者なのかはっきりしただけでも良しとしましょう。カリンはこれまで通りの生活をしてください。他のみんなは、それぞれの職務に励むように。特にフロリアン、あなたは気をつけて」
「お気遣いありがとうございます」
フロリアンは謝意を告げたが、なぜかユーナには、それが言葉だけの空の感謝であるように思えてならなかった。
打ち合わせを終え、それぞれがそれぞれに動き始めようとしている中、
「フラグランティア殿、少しよろしいか?」
と、果敢にも声をかけたのはカールだった。
「何かご用か、セグイネルト殿」
「あ、いや、妙なことを伺うが、フラグランティア殿はユナマリア様の護衛術士、ランティエ殿とは縁戚なのだろうか?」
「それはまさに妙なことを。わたしが人間と血縁関係にあるとでも?」
「気を悪くされたのなら謝罪させていただく。だが、あまりにもランティエ殿に似ておられるのでね、あはたが」
「謝罪は受け入れよう。わたしも彼女とは面識がある、あなたの目から見て、ランティエ殿と似ているというのなら、そうなのだろう」
フラグランティアはそう答えたが、それは肯定とも否定とも解釈できるような台詞だった。
なので、カールもどう解釈すべきか判らなかった。
ただひとつ、その事については触れて欲しくはないのだろうと、推測しただけだ。
「そうですか、気付かない内に失礼なことを言っていたとしたら申し訳なかった」
そう言って、カールは会話を切り上げる。しかし彼の胸中の疑問が解決したわけではない。むしろ、さらに疑問と、確信が強まっただけだった。




