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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
滅びの魔女と癒しの聖女
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フラグランティアの思い、ゼロティピアの思い

昨日の分です。

ユーナの部屋を辞したフラグランティアは、そのまま屋根を伝い、敷地内で最も高いドーム屋根の上に戻ってきた。そこは、特に決めたわけではないが、ユーナに従う3人の精霊の集合地となっている。

「お帰りなさいませ」

フラグランティアが姿を見せると、すぐにゼロティピアの出迎えの声がかかる。

「ユナマリア様にはお伝えできたようですわね」

「ああ、それは問題ない」

「それは、ですか」

ゼロティピアは、思わず、そう返していた。フラグランティアの言葉をそのまま聞くと、『ユナマリアの件では問題はないが、他に問題がある』と言っているように理解できる。

そして、フラグランティアの表情を見れば、その理解が当たっていると判る。フラグランティアは、いつもの引き締まった表情ではなく、その顔に困惑か、もしかすると憧憬のような感情を浮かべていた。

少なくともゼロティピアには、そう見えた。

なぜ、そんな顔をしているのかは判らない。

が、一言で言って、珍しい。

それはつまり、好戦性精霊らしくはない表情。

「ゼロティピア」

「何でしょう?」

「『フラグランティア』と『ランティエ』、お前にとってはどちらが望ましい?」

「……え?」

ゼロティピアは質問の意図が判らず、言葉に詰まる。それをチラリと見たフラグランティアは、

「いや、何でもない、忘れてくれ」

と話を切った。しかし、その悩みを帯びた表情は変わらない。

『ランティエ』は、フラグランティアが人間社会に溶け込むために演じた性格である、とゼロティピアは理解しているし、そのことに間違いは無いだろう。

キツい部分を持ちながらも、面倒見の良い性格の『ランティエ』は、人間として十分に受け入れられるものだ。いや、それだけに留まらず、年下から憧れを持たれる、なんてこともありそうな性格と言える。

『フラグランティア』は『ランティエ』を演じていた。それは確かなことだ。だが、

「わたくしから見て、ランティエもフラグランティア様も、そう変わりは無いと思いますわ」

「そうか?」

「なぜって、ランティエは、誰に命じられた訳でもなく、あなた様がご自身で作り出した性格でしょう? そして、あなた様はランティエとして人間達の中に違和感を持たれることなく溶け込むことが出来ていた……。だとしたら、どちらもあなた様なのだと思いますわ」

「……そういうものか」

「はい。ただの演技なら、勘の鋭い者にはそれと知られてしまうものだと思いますから」

そう、自分ではない、全くの別人を演じ、それを演技ではないと他者に思わせることはとても難しい。しかし、演技する人格が自身から発出されるものだとしたら。そこには必ず演技者の人格が含まれる。

そしてそれは、厳密には演技ではなく、別の形での自分自身の表現になるのではないか。

ゼロティピアはそんな風に思った。

「わかった」

フラグランティアはあっさりと肯定した。


口ではそう言っても、心の内でも本当に肯定しているとは限らないのが、フラグランティアの性格だ。ストレートなようでいて、どこか捻くれている。

ゼロティピアは気付かれないようにフラグランティアの様子を窺う。ほっとしたような雰囲気がフラグランティアからは感じられた。

そのことにゼロティピア自身もほっとする。

それにしても、好戦性精霊として合理的に行動しているように見えていたフラグランティアに、そんな悩みがあったことを、ゼロティピアは、始めて知った。

そして、人間に感化されてしまっているのは自分だけではないのだと理解し、安心すると共に、不謹慎ながら少し嬉しくもなる。

好戦性精霊は被造物(クレアトゥラ)に過ぎないが、それでも生物としてまがい物ではない、ということだ。

つまり、我々も変わっていける存在であり、変わっていって良いのだ。

そんな風にゼロティピアは納得する。

ただ、そうなってくると、気がかりはクリュオ。長い間、水晶球に閉じ込められていた彼女は、経験が圧倒的に不足している。

それでもいずれは、同じように変わっていくのだろう。

そのための時間だけは十分に残されているのが、好戦性精霊なのだから。

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