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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
滅びの魔女と癒しの聖女
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強襲2

フロリアヌス助祭の方は、アンナの状況を見て、

「ご無事ですね?」

と訊いてくる。目は、獣人の男へ向けられたまま。

「はい、その男性も侵入者です」

アンナは簡潔に伝え、フロリアヌス助祭が動くための根拠を与える。

「承知しました」

と言って構えるフロリアヌス助祭だが、実は武器は所持していない。彼の経歴がどうであれ、今は聖職者であり、聖騎士でもないので、血を流すための道具は持ち歩けない。

しかし、フロリアヌス助祭の瞳に迷いは無かった。

獣人の男の方はと言うと、仲間がアンナに取り押さえられ、さらに涙を流しているのを見て、

「おおおおああああっ!」

とやはり理性の感じられない咆哮をあげる。

そして、すぐさま少女を助けるために駆け寄ろうとするが、そこにフロリアヌス助祭が立ち塞がった。

「ううううヴヴ」

と、まるで犬の威嚇のうなり声を真似たような声を発し、男はフロリアヌス助祭を睨む。

それにたじろぐようなフロリアヌス助祭ではない。

脅しが効かないと見た男は、手にした短刀をふりかざし、フロリアヌス助祭にむけて闇雲に振り回す。

それは、誰の目から見ても素人の短刀使いで、フロリアヌス助祭もすぐに気付いていた。

だが、やたらめったらと振り回される刃というものは、それはそれで厄介なものだ。特に守るべき相手が近くに居てかつ、その者を生け捕りにする場合には。

素人の攻撃は、そう長くは続かず、すぐに息を切らすものだが、フロリアヌス助祭は、息切れを待つことをしなかった。重要人物であるアンナを長く危険に晒すことを良しとしなかったのである。

フロリアヌス助祭はまず、「失礼」とつぶやいて、机の上にあった燭台を手に取り、さっと振って火を消すと、そのまま獣人の男に投げた。

獣人の男は、腕で顔を庇う。それがそのまま隙となる。

その時に見せたフロリアヌス助祭の体捌きは、とても聖職者のものではなく、まるで現役の武人。

獣人の男が体勢を立て直すよりも早く近づき、獣人の男の手首を握り、外側に力任せに捻る。

獣人の男はたまらず、悲痛な叫びを上げながら捻られた腕に追随するように身体をねじり、次の瞬間には少女と同様に床に取り押さえられていた。

獣人の男が、観念したのか、「ぐっ」とだけ唸った。

フロリアヌス助祭がほっとしたところに、タイミング悪く、破られた窓から現れた者がいた。

クリュオだ。

「アンネッテ様、大丈夫でしょうか?」

いつも抑揚の少ない口調のクリュオにしては焦りが感じられる声だった。

「大丈夫です」

と、アンナは応じたが、頭の中では、次の事態の収集方法に思考を巡らせている。というのも、

「君は誰だっ⁈ この者たちの仲間ではあるまいっ⁉」

クリュオの存在を知らされていないフロリアヌス助祭は、驚いた表情でそう問いを発していた。

ただ、アンナとクリュオの短い会話から、クリュオが敵ではないという理解はあるようだ。しかし、彼にとってクリュオが不審者であることに変わりは無い。なにしろ、ユーナと共に来た監視団の中に、クリュオの姿はなかったのだから。

そこにさらに、ゼロティピアが現れる。風を使って3階にまで昇ってきたため、破られた窓がガタガタと鳴り、カーテンも派手にひらめく。これでは、見つからない方が不可能だった。

フロリアヌス助祭は、獣人の男を取り押さえている手前、身動きが取れない。

「またかっ⁇」

と言いはしたが、視線をゼロティピアに向けるのみ。

一方の不審者を見る視線を向けられたゼロティピアは、フロリアヌス助祭の方こそ不審者と考え、目を細める。そのまま風で対処するつもりになっていた。

「ゼロティピアさんも落ち着いてください」と、日頃からは想像できない大きな声でアンナが止めに入る。

「どういうことなのです?」

ゼロティピアは、アンナの言葉を受け入れる。

「この方は、襲われそうになった私を助けてくださったのです。けして、敵対していた訳ではありません」

アンナの弁明に、ゼロティピアはもう一度フロリアヌス助祭を見、彼が取り押さえている獣人の男を見、

「なるほど」

とつぶやいた。状況を理解したようだった。あのまま行動されていたら、この場にはフロリアヌス助祭の血と肉塊が飛び散っていたに違いない。

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