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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ヴァールガッセンの亡霊
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ユーナとアンナ、庭園を調査する

 1階に降りてくる。

 館を訪れたときにくぐったのとは反対側のアーチを通ると、そこに庭園が広がっている。

 大きな噴水が中央にある。噴き上がった水が午前の陽の光を浴びて、きらきらと輝いている。

 しかし、それ以外は惨憺たる状況だった。

 焼けただれた芝生、真っ黒に燃え尽きた木々。散歩道に敷かれていた白い小石は、黒いガラス質となって固まっている。

 そして、その中に佇む、沢山の像だったオブジェ。

 こちらも表面が溶解して全面がガラス質に覆われてぬめりとした輝きを放っていた。

 昨晩はこれらの石像が庭を徘徊していた訳だが、今はことごとくが動きを止めている。というより、動けなくなっているというのが正しい。関節に相当する部分に溶けたガラス質が流れ込んで固まった状態なのだ。


「この石像たちが、『ゴーレム』なのか、『水晶術』による人形なのか、確かめましょう」

「そうだね」

 さっそく、近場の元石像を調べてみる。と言っても、表面をくまなく見てみるくらいしか出来ることはない。

「これだと、何が何だか、よく判らなくない?」

「どういうことですか?」

「うん、この石像が水晶術で動いていたとしたら、どこかに水晶が嵌め込まれているはずだけど、石像の表面が溶けてガラスみたいに固まってるからどこに水晶があるのか判らなくない? ……水晶が溶けてる可能性もあるけど」

 金槌で表面のガラス質を割って調べることにした。

「では、今度はわたしが取りに行ってきますね」

 ユーナは一人、庭園に残された。

 遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。まだ暑くなる前の風が過ぎる。

 空を見上げれば、何のことはない、普通の日の午前。

 庭園に目を移す。途端に日常が瓦解したように感じられた。


 動いていた石像をランティエが次々と燃やしていった時には、仰天して何を言ったのか、良く覚えていない。

 庭園のあちこちで吹き上がる炎が炙るように頬を撫で、目を開けていることすらやっとだった。風が吹いていたら、命が無かったかもしれないし、館が全焼していたかもしれない。

 〈灼炎〉などという希少持力も初めて見た。

『銀鷲徽章争奪戦』でレオンハルトと闘った時は、彼の持力〈蒼炎〉にかなり苦しめられた。結局、負けはしたが、あの高温から逃げなかっただけでも自分を褒めたいと思う。

 今回の〈灼炎〉は、ある意味あれを上回っている。

 そう言えばクリフトに来る途中、魔獣に襲われた時、ランティエは獣を一瞬で燃やし尽くしていた。生き物など、〈灼炎〉の前ではただの可燃物に過ぎないのかも知れない。


 ……。

『抽象魔術』のこともある。

 あんなものをぶっつけ本番でやらせようとするランティエに驚いた。

 しかし実は、それを出来てしまった自分に一番驚いていた。いや、『驚き』と言うのとは少し違う。

『恐れ』と言うべきなのではないかと、ユーナは自分の中の感情を定義してみる。

『抽象魔術』には、計り知れない部分がある。ユーナは具体的なことは何も言えないが、この術の深淵を覗き込むことは何かしらの禁忌に触れることになるのではないかと思えた。

 水晶術がそうであるように。


「お待たせしました」

 アンナが金槌を2本手にして戻ってきた。

 調査再開。

 二人はまるで発掘するかのように金槌を振り下ろし、少しずつガラス質を砕いていった。

 かつん、かつんという硬質な音が館に当たって反響する。

 しばらくの間、同じ動作を繰り返したが、なかなか証拠が見つからない。それもそのはず、証拠が溶けて無くなっている可能性があった。

 石像がゴーレムだった場合、どこかに刻印があるはずで、水晶術の場合は水晶が嵌め込まれているはず。どちらも高温に曝されていたので、消失していてもおかしくはない。

 調査が徒労に終わるのではないかと、ユーナは不安になってきた。

「お二人とも、お昼休みに致しませんか?」

 シィルの声が館の方から聞こえた。

 これ幸いとばかりに、ユーナは手を止める。

「ねえ、アンナ。お昼にしよう!」

「わかりました」

 アンナも金槌を地面に置いた。

「天気も良いですし、屋外でお召し上がりになりませんか?」

 バスケットを片手に持ったシィルが近づいてくる。

「そうする?」

 ユーナが訊くとアンナはこくんと頷いた。


 シィルが敷いたシートの上に座り、サンドウィッチを受け取った。

 クリスも今頃サンドウィッチを頬張っているのだろうかなどと、自分も頬張りながら思いを巡らす。クリスのことだから、持っていった分では足りないのではないだろうか。

 視察の方も気にかかる。

(うまくやってると良いんだけど……)

 一緒に行けなかったことが、さらに不安を煽る。クリスはいまだに貴族的な言動に慣れていない。ランティエが付いてくれているとは言え、やはり失言などをやらかしそうな気がするのだ。

(優しいからなあ、あの子……)

「クリスさんのことが気になりますか?」

「うん。でも、こっちはこっちで大切な調査だし、仕方ないよね」

(まあ、あの子なら、なんとか出来るだろう)

 ユーナはそんな風に思った。


 昼ごはんの後、調査を再開する。

 石像を金槌で叩いて壊す。

 水晶が嵌められているとすれば、胸、額、背中など、可動部以外の箇所になる。中には二人では届かないくらい背の高い石像もあり、それは諦めるしかなかった。

 そんな単純作業を繰り返しているうちに、疲れが出てくる。

 ついでに飽きてくる。

 ユーナは適当に休みを入れながら調査を続けた。

 一方でアンナはずっと金槌を振っている。疲れを知らないかのように没頭しているようだ。


 ユーナがぼーっと休憩している時だった。

「ありました!」

 アンナが叫んだ。

「えっ? 水晶? それとも刻印?」

「水晶です。これを見てください」

 アンナに近寄ったユーナが示された石像の胸の部分を見ると、そこに確かに球状の水晶が嵌め込まれていた。

「やったじゃない! アンナ! お手柄だよ」

 学館のあるメーゼンブルクに禁術である水晶術が残されているだけでなく、こんな田舎の村にも残されていた。

 もちろん、旧ヴァールガッセン家の遺産だろう。こんな物が200年もの間、よくも見つからずにいたものだ。

 苦労が報われたアンナは可愛らしい笑顔を見せた。

「これでこの村に水晶術が残されていることがはっきりしました」

「ヴァールガッセンの遺産ってとこなのかな」

「残る問題はどうして起動したのか、です」

「そうだね」


 課題『幽体捕獲』の時は石像や青銅像は、特に術士が命令するわけでもなく自動的に起動していた。

「もしかして、鬼が関係してる? 侵入者に反応するようになっていたとか。防衛のために……あ、それだと、トマスも侵入者になるか。どっちに反応したんだろうね」

「その可能性もありますが……」

「何か他の理由があるの?」

 アンナはこくんと頷いた。

「それは、何?」

「トマスさんが、水晶術士であるとも考えられます」

「まさか、そんな訳……」

「『幽体捕獲』の時の石像や青銅像は、命令が無いまま活動していたのではなく、前もって命令されていた内容を実行していたはずです。ですからユーナさんが仰るように、防衛機能として予め命じられていた可能性もあります。ですが、あの時あの場で、トマスさんが命令を出したとも考えられるのです」

「そう考える根拠は?」

「思い出してください。私たちが緑大理石の間から庭園を見たとき、動いている石像は全て館に向かって来ていました。まるで統制が取れたみたいに。それが、私たちが庭園に行ったときには無秩序に動き回っていた。これは、トマスさんからの指示を失って混乱していたのだ、と理解できませんか?」

「それがゴーレムだったとしたら、どうなっていたの?」

「たとえトマスさんが死んでしまったとしても、館に向かって歩き続けたでしょう」

「なるほど。でも、だとしたら、トマスはどうしても石像を起動したの?」

「それは……」

 館の方から馬の蹄が石畳を打つ音が聞こえてきた。

 領主代行のご帰還だった。


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