人ならざる者たちの攻防〜その2の3
土曜日の分です。
しかし、それも無意味に終わる。屋根の上を走り近づいた鬼と獣人は、クリュオに手が届くより遙か手前で、糸が切れた操り人形のように力を失って屋根の上に倒れるが、走っていた勢いのために、そのまま止まらず、手足をあり得ない角度に曲げながら一回転、二回転し、ようやく止まった。
上から襲おうと宙に跳躍した鬼に至っては、空中から投げ落とされるかのように落下し、そのまま動かなくなる。
これには、2角鬼も慄然とせざるを得ない。なにしろ、クリュオが何をやっているのか、まったく想像できないのだ。
だが、つぎには自分の番であることには違いない。仲間に不意に訪れた死のように、いつ自分に訪れるかも判らない突然の最期に、2角鬼の鼓動は跳ね上がる。
「ナ、ナンナンダ、オ前……」
「知らないまま逝くののが良いでしょう。知っても、あなたの死は変わりませんから」
次の瞬間、2角鬼が見たもの、それは前触れ無く視界を覆った闇だった。いや、その暗さすら、2角鬼は意識できなかっただろう。
彼の頭部は、その内部まで、一瞬で凍結していたのだから。
「時間がかかりました。お二方は……さすがですね、すでに終わっているようです」
2人の仲間の状況を確認すると、クリュオは、仲間の戻りを待つためそのまま佇む。
しかし、すぐに、迎賓館の方角を見、ドーム屋根から飛び降り、その方向へ向かった。
一方、敷地の東に位置する聖職者居住館に向かったゼロティピア。
風に乗って。小道を通り、敵の集団に近づいていくと、さすがに警戒能力の高い鬼に察知されてしまう。もっとも、隠れるつもりなど最初からないゼロティピアなのだが。
というかむしろ、この程度の敵を相手に気配を消すなど、面倒この上ない。
向こうが気づいてくれたのを幸いと、歩みを止めて待っていると、ご丁寧に敵の集団はゼロティピアを取り囲む。
あっさりと目的をゼロティピアに変更したところを見ると、居住館へ向かおうとしたのは、やはりゼロティピア達をおびき出すためのフェイクだったのだろう。この鬼たちの飼い主が誰かは不明だが(とはいえ、想像はついている)、聖職者を殺害するのは不利益でしかないはずだからだ。
まあ、おびき出されようとなんだろう、ゼロティピアに課せられたことも、為すべきことも変わりは無い。
「もし『目』がいるなら、主に伝えることね。この程度の策では罠にもならないわよ?」
ゼロティピアの周囲に、急速に風が巻き起こる。鬼達は身構えたが、それだけだった。ある個体は胴で上と下に分かれ、ある個体は頭を割られ、ある個体は四肢を失って地面をのたうつも、すぐに首から上が胴と別れてしまう。
残ったのは、肉塊と、地面を濡らすおびただしい血と、風が巻き上げる血の匂い。
「ほんとう、この匂い、なんとかならないのかしら。生物兵器との戦いは『風』には向かないのよね」
そんなことを、後悔のように呟くゼロティピアだったが、次の瞬間には、はっとして迎賓館の方を睨む。
「まさか、それが狙い……?」
焦燥を感じさせる表情をして、ゼロティピアは元来た道を風に乗って戻り始めた。
聖堂教会本部の敷地外にまで敵を追ったフラグランティアだったが、もっとも遠くだったにも関わらず、敵に追いついた時点では迎賓館の異変はまだ発生していない。
ただ、イヤな予感だけはしていた。3つの敵集団に、味方を1人ずつ当てたが、普通に考えれば、敵の動きは誘導である。3つの集団の中に本命があるのか、でなければ3つとも囮の可能性もある。その場合、本命はどこかに潜んで居ることになる。
フラグランティアが最も遠くの敵を選んだのは、残る2人よりも迅速に対処し、戻って、その本命にも対処できるようにするためだ。
なので、敷地外の敵集団は瞬殺する必要がある。
面倒だと思ったフラグランティアは、まだ敵集団と距離があるにも関わらず、力を使う。巻き起こる事象は、ランティエの『励起形式』としている〈灼炎〉。超高温のこの形式は、一気に片を付けるには都合が良い。
地面から吹き出すかのように複数の黄金色の火柱が上がり、その中に1体ずつ、敵の個体が包み込まれる。そして火柱が消えたときには、すでに敵集団は存在していなかった。
念のために、フラグランティアは残りが居ないかを確認する。その時、他の2人と同じように迎賓館の方へ目をやった。
「ほう、気配が薄いところを見ると、ハーフか。神代では禁忌だったはずなだがな」
フラグランティアは、すでに2人も動き出しているのを認識した。2人でどうにかできる相手だろうが、遅参するのは沽券に関わる。
そんなことを思ったフラグランティアは、すぐに行動に移した。




