アンナの聖女教育参観2
「歴代の『四聖徒』は、武術においても魔術においても負けることはなかったと言います。つまり『四聖徒』とは、代々において武と魔の最高峰の存在と言えるでしょう」
カタリノフォラは、自信満々に、大仰な口調でそう言った。その態度には、自分もまたその最高峰の列に連なる者であると言う、自負と矜持が感じられる。
実際、カタリノフォラは教壇の上で、少々陶酔している風だった。
そこにアンナが水を浴びせかけるような発言をする。
「宜しいですか、風聖様」
「なんでしょうか?」
途端に不機嫌になるカタリノフォラ。
実はこんな感じにアンナが割って入るのは、この時が初めてではない。
「恐縮ですが、今のご説明については、間違いを指摘させていただきます」
「また……?」
カタリノフォラはげんなりした表情でつぶやくが、アンナの説明を遮ることはしない。
「エライアス・ノーンの著作『戦記』の中に、ディバイニス戦争当時、『四聖徒』の内の2人が、1対1の闘いにおいて敗れ、命を失ったという記述があります。相手はイエッタ・ルキスと記されています。イエッタは当時においてさえ存在が稀な光の術士だったと伝わっています」
「……で、何が仰りたいのです?」
それに答えたのはカリン。
「つまり、『四聖徒』は不敗の存在ではない、ということでは無いでしょうか」
カタリノフォラは、口許を歪めて不快を示し、即座に反論する。
「そっ、その著作が間違っているのでしょう。そのような事実は、当聖堂教会には伝えられていませんからっ!」
「エライアス・ノーンはディバイニス戦争の同時代人であり、著名な年代記作家です。彼の著作は見解に偏りや憶測がなく、その意味で1級の資料と言って差し支えないものです。ですから『四聖徒』が不敗というのは……」
「わかりましたっ!」
不機嫌を露わにしたカタリノフォラは、アンナの台詞を遮る。だが、その後に続いた言葉は、あくまでも持論だった。
「ですが、当聖堂教会ではそのように伝えられているのですっ! そして、それこそがすべてなのです!」
理論もへったくれも無い、ごり押しも良いところであるが、そう言い切られては、これ以上、議論も継続できない。
「では、歴史的事実とは異なりますが、ダールバイ教聖堂としては、そうなのでしょう」
アンナはそう言って、口を閉じた。
まるで、ぴきっと音がするかのように青筋をたて、アンナを睨むカタリノフォラ。しかし、このまま言い合い続けても不毛であることは、彼女自信が理解しているのであろう、深呼吸をして気を取り直し、その後は講義に戻った。
そのまましばらくは何事もなく進んだのだが……。
「……このようにして、時の教皇より申し出を行うことで、ダールバイ聖堂教会はクヴァルティス帝国の一部に組み入れられることとなりました」
「宜しいですか、風聖様」
「今度はなに⁈」
カタリノフォラはすでに喧嘩腰だ。
「ダールバイ国併合についても事実とは異なるようです」
「どこが⁈」
声を荒げるカタリノフォラに対し、アンナはあくまでも冷静に説明する。
「風聖様のご説明では、まるでダールバイ国は全く争うことなくクヴァルティス帝国に組み入れられたと解釈できますが……」
「解釈ではなく、そう言ったのよ!」
「では、確かに事実と異なりますね。クヴァルティス帝国とダールバイ国は戦争し、ダールバイ国は負けています。その一連の戦争をダールバイ戦争もしくは、将軍の名前を取ってバルミス戦争と呼んでいます。その中でダールバイ国は2度にわたり敗走、タクラス市を占領されるに及んで敗戦を認め、帝国に降りました」
「ひ、人々を救うお役目を持つ私たちが、人を殺めるような真似をするようなことは、無いわ!」
「なるほど」とアンナは一応の理解を示すが、
「確かに、救済を歌う組織が戦争をしたなどと、体裁が悪すぎますね」
「もういい……」
カタリノフォラはうつむいてそう呟いた。
「何が良いのでしょう?」
カタリノフォラはやおら顔を上げると、ビシッと人差し指でアンナを指さす。




