ユーナとアンナ、白い霊に再会する
その直後、アンナが執事室に姿を見せた。
「ユーナさんが戻らないので、何かあったのかと思いまして」
心配をかけたようだ。ユーナは簡単に事の顛末を話して聞かせた。
「それで村人が納得してくれたら良いのですが」
「そう思う?」
ユーナとしては後に問題が残らないように収めたつもりだったが、アンナはそう思わなかったようだ。
「トマスさんの容態と、村人全体への処罰が気になって引き下がったと思われますが、それは村人の総意ではありませんから」
「トマスを連れ戻すことに賛成な派閥がいて、別に行動を起こすかもしれないってこと?」
「はい。この村は、どこか不自然です」
「……アンナがそう言うなら気をつけておく」
そう答えはしたが、ユーナは忠告を軽く捉えていた。たとえアンナの言う通りになったとしても、また数人が館に来てトマスを引き取ろうとするくらいなものだろうと。
しかし、その推測は甘かったと、後々思い知ることになる。
ニキアとアンナに手伝ってもらって、執事室でカンテラを探しながら、何が起こっているのか、ニキアに調査の方の状況を説明した。
「いいな-。あたしも行ってみたいなー」とニキア。
「ニキアにはトマスの監視を続けてもらわないと」
「そうか。仕方ないな」
ニキアはあっさり諦めた。トマスが連れ去られる寸前だったことに責任を感じているようだ。
「よろしくね」
「判った」
「あ、カンテラあった」
ユーナは、棚の中にお目当てのカンテラを発見した。
厨房に行って竃の火をもらって蝋燭に灯し、それをカンテラに差した。準備が出来たところでニキアと別れ、ユーナとアンナは緑大理石の間に戻る。
暖炉に開いた通路はそのままの状態だった。
カンテラを持つユーナを先頭に、アンナが呪杖を携えて暖炉の向こうの通路へ足を踏み入れる。
入り口を身をかがめて通り抜けると、その先は立って歩ける高さと、やっと1人が歩けるくらいの幅の通路になる。
隠されていた道だというのに、ここも塵一つ無い。
少し進むと、すぐに急な下り階段が現れた。
それをゆっくりと降りていく。感覚的には1階をとうに過ぎ、地面の下に来たと思えるくらい下ったところで2人は立ち止まった。
「行き止まり?」
その先は、ただの壁が立ちはだかっているだけ。
「途中に分かれ道なんて無かったよね?」
「はい」
つまり、正しい道を辿ってきたはずである。
「……ハズレってこと?」
「いいえ、それはないでしょう。ハズレの為だけに、これだけの大がかりな仕掛けを作るとは思えません」
「なるほど」
ということは、何かピースが欠けているということだ。そして今の2人にはそのピースを思い付くことが出来ない。
「出直した方が良いかもしれません。次はクリスさんも一緒に……」
その時、アンナの後ろには、白い影が浮かび上がった。
白い影がただの幽体だ、などという希望的で楽観的な予想はこの館では通用しない。
「アンナ!」
咄嗟に呼びかける。呪具を持っているのはアンナだけなので、闘いが始まったとしてもユーナはアンナに任せるしかない。
2人が様子を窺っていると、浮かび上がった白は次第に輪郭をはっきりさせていき、昨夜の白い幽体の姿を取った。
やはり物置部屋で見た肖像画に似ている。違いがあるとすれば、肖像画はへの字口だったのに対してこの幽体は微笑んでいることだ。
その表情を見る限り、幽体は友好的に見えた。
ユーナ達も自分たちから仕掛けるつもりはなかった。何事もなく済めばそれに越したことはない。
「そなたらは、ヴァールガッセンに連なる者か?」
白い幽体が確かにそう言った。
ユーナは想像の外の出来事に、すぐに対応出来なかった。
一方のアンナは冷静そのものに見えたが、頭ではこの幽体の原理がどんなものなのか、目まぐるしく頭を回転させていると思われた。
喋る幽体と言うのは聞いたことがない。しかし喋る青銅像なら見たことがある。まあ、どちらの場合も、発声器官がどうなっているのかなど、謎な部分が多いのは確かだ。
「もう一度訊く。そなたらはヴァールガッセンに連なる者か?」
「えと。あたし達は違いますけど、友人がそうです」
厳密には旧ヴァールガッセン家は断絶しているので正しくはないのだが、そう答えておいた方が無難な気がした。
「その者の名は?」
「クリスティーネ・クライル=ヴァールガッセン、です」
ユーナの答えに、幽体が眉をひそめたように見えた。
「傍流か」
幽体が独り言のように呟いた。クリスが旧ヴァールガッセン家の末裔と誤解したようだ。
それはそれで都合が良いと思えたので黙っておくことにする。
「では、その者に、この場で『証』を示すよう伝えよ。さすれば、ヴァールガッセンの英知のすべてを授けよう」
そう言うと、幽体は姿を消した。
「……『証』って何?」
「推測になりますが」とアンナが説明を始める。「200年前、男爵家としてのヴァールガッセン家は断絶しましたが、追放されたのは最後の当主である〝カッシート〟のみでした。ですから、その係累は残ったのだと思います。そして、その人達に受け継がれるように残された品物があるのではないでしょうか」
「旧ヴァールガッセン家の末裔が、どこかにいるということ?」
「可能性の話ですが」
「じゃあ、『証』って、例えば?」
「そうですね……。例えば、ペンダントとか、物的なものだと思います」
「ペンダント、ね」
新ヴァールガッセン家は、名前を引き継いだだけの新興貴族なのだから、そんなものを受け継いでいる訳がない。
「旧ヴァールガッセン家の末裔を捜す?」
「手がかりが何もありません。運良く見つけられたとしても、協力して頂けるか判りません」
「なるほど。そうなると、ドアを開けるのは無理そうね」
「ユーナさんは『ヴァールガッセンの英知』はこのドアの向こうに封印されていると考えるんですか?」
ユーナは頷く。
「幽体が現れたタイミングからして、それ以外にないと思うんだけど。アンナは違うの?」
「いえ、わたしもそう思いますけど……本当にそれだけなのかは判りません」
「他にも何か隠されているってことね」
「あり得ることだと思います」
「ふむ。どっちみち、クリスに相談する必要があるわね」
「はい。この場所の調査はいったん切り上げましょう」
2人は暖炉の通路を抜けて緑大理石の間に戻った。
窓から庭園を眺めると、噴水を中央に、石像が点々と見える。
それが、次の調査対象だった。




