聖女教育
その翌日から、カリンの聖女教育が始まった。
内容としては座学がほとんどだが、実技としてメイスによる戦闘術が入っているのは、ユーナには理解できなかった。聖職者など、戦闘からはほど遠い存在だと思っていたからだ。
だが歴史を紐解けば、宗教関係者が戦争に身を投じるというのはそれほど珍しいことではないらしい。
で、問題なのは、その武器がメイスだったことだ。
剣を持たない聖職者はメイスやらフレイルを用いることが多いそうなので、その意味では一般的に使用される武器といえる。
ユーナが問題に思ったのは、『四聖徒』が使う武器のことだ。
一般に、この4人は、
炎の聖人が剣、水の聖人がメイス、土の聖人が盾、風の聖人が槍、
を持つのだそうだ。
それを考えると、何も情報は入ってきていないが、裏ではカリンを水の聖人にと言う動きがある、と勘繰ってもみたくなるというものだ。
一応説明しておくと、『聖人』は『四聖徒』だけを指すのではなく、『四聖徒』でなくとも『聖人』は存在する。『四聖徒』以外の『聖人』の多くは、死後に列聖されている、という点が気掛かりではあるのだが。
ユーナは、時間の許す限り、カリンが受ける教育には同席することにした。
まず、神学講義。神話だの教義だのを教わる。
講師は司祭や助祭だったり、四聖徒のどちらかだったりするが、基本的に真面目に講義してくれている。
なかでも、ユーナ達が到着した当日に案内してくれたフロリアヌス助祭の講義は、生徒の知識レベルに合わせて工夫されていた。
まあ、強いて難を言えば、フロリアヌス助祭の声が低いのに良く響く声なので、聞く人によっては怖いと感じるだろうことだ。
「先の神アルマライから、理神ミラテウラスへの神権移譲は、人世で言うところのいわゆる禅譲であったとされています。禅譲というのは、戦いなどによって奪い取るのではなく、平和のうちに譲るという意味ですね」
ユーナはそんな説明を聞きながら、幼少期、リーズ家に迎え入れられたばかりの頃に教わった神学講義を思いだしていた。全く興味が無かったために覚えるのが苦痛だったのを今でも覚えているのだが、それでも、『神権移譲』についてはユーナが教わったのとは少々違っていることに気づいた。ユーナは、
アルマライが力を失ったのでミラテウラスが主神として立った。
と教わった。ユーナが知っているのはカムネリア教の教えなので、こういう細かい点で教義に差異があったりするのだろう。
とりあえず、聖女教育の中の神学講義については、問題なさそう。
次が、礼儀作法。
これにもユーナはあまり良い思い出はないが、カリンはあまり苦にせず、取り組んでいるようだった。
講師は、ほぼ毎回、四聖徒の女性の方だった。
この女性、年齢は20代後半くらい、名前はカタリノフォラというらしいが、その名前は、風の聖人が代々受け継ぐ名前とのことで、本名ではない。もともと、ダールバイ教聖堂教会が力を持つ地域にある村の村長の娘だったそうだが、カリンと同じような経緯を経て聖人として活躍している。
そんななので、彼女も礼儀作法は最初から学ぶ必要があったので、カリンを教えるには適任と言える。ただ、その教え方は必ずしも生徒思いとは言えないようだった。
「いいですか、聖人という存在は、他人から敬われるのも仕事です。信者達の崇高な信仰心を一身に受け、理想的な信仰を体現しなければならないのです」とか、
「聖人が頭を下げることはあってはなりません。謝罪もそうです。我々は、いつも正しく無ければならないのですから」とか。
人間だったら間違うことくらいあるだろうに、そう言うときはどうやって対処するのか。聖人としての権威を保つ為には、失敗を無視して無かったことにするくらいしかユーナは思いつかない。だが、その態度は聖人の理想的な姿からは遠く、ただの傲慢な人間にしか見えないのではないか。
ユーナはそんな風に思った。
まあ、ついでに言うと、風の聖人の言動は、優越感を持って他人を蔑む者のそれに近ような気がして好きになれないというのもある。
カリンが彼女の思想の影響を受けはしないかと、講義の後に、
「礼儀作法の講義はどうだった?」
とカリンに聞いてみると、賢い彼女はユーナの意図を理解しているのか、
「作法や考えを身に着けることと、それに固執することは違いますよね?」
と、幼い少女とは思えない、かなり冷めた答えが返ってきた。
この分なら、変な影響を受けることもないかなと、ユーナは判断した。




