聖女聖別の話し合い
翌朝。
クリスが運んできた朝食をみんなで食べてから、ユーナは指定された会議場に向かった。先導してくれるのは昨日と同じフロリアヌス助祭。
「こちらです。室内の奥の方にテーブルと椅子を用意してありますので、そちらをお使いください」
フロリアヌス助祭が目配せすると、守衛が扉を開ける。
中には、すでに教皇以下の聖堂教会関係者が着席していた。つまり、ユーナは最後の登場となる。
立場上、教皇より上として扱われるのは当然の対応なのだが、これはなかなか慣れられるものではない。
ましてユーナは成人済みとは言え、まだ二十歳に満たない小娘にすぎない。
ただ、慣れないと言う意味では、そんな小娘に頭を垂れなければならない聖堂協会の人たちも同じだった。
「本当に少女ではないか。最高の礼を尽くす必要など、本当にあるのか……?」
そんな声が帯が朱色の人達の間から聞こえてくる。
まあ、そう感じるのは当然だと思うよ。うんうん。
心の中ではそう同意しつつ、しかし、ユーナはこの場では、今の発言を咎めなければならない立場にある。はっきり言って、自分の養父よりも年上の男性を捕まえて説教をたれるなんて機会は、持ちたくも無かったのだが。ここは不用意な発言を不用意に本人の耳に届けた相手が悪い。と思うことにして、
「今の発言は……」
とユーナが言いかけた刹那、
「貴殿、今、なんと申したか?」
強く非難するような口調でそう言った人物がいた。
その声の方を見れば、それは、ソーテール教皇、その人だった。
「い、いえ、わたくしは何も……!」
咎められた方の枢機卿は、驚きと惑いと焦りが混ざった様子で、半ばしどろもどろに言い返す。
「もう一度、声にして聞かせてもらいたい」と教皇。
「いいえ、再び申し上げるべきような言葉は……」
気まずそうにしながらも、枢機卿はそれを拒む。自分に視線が集中している中、監視官を卑下する台詞を再び口にすることはさすがに出来ない。
「ほう、では貴殿、2度言えぬ言葉を口にしたと言うのだな」
教皇がそう告げると、状況を見守っていた他の枢機卿や大司祭たちの間に重い沈黙が満ちていった。
そんな光景をユーナは、第三者的感覚で見ていた訳だが、いきなり背中を突かれ、何かと思って振り返ると、アンナから紙を渡される。そこには走り書きで、
『真実は繰り返し言葉に登り、虚偽は2度と繰り返されることはない』と言って下さい。
と書いてある。
ユーナは不信心者と言って良いくらい宗教からは離れた思想の持ち主ではあるが、それでもその言葉が、神命記に記された神の言葉であることはすぐにピンときた。そして、その言葉が、今の状況を現していることも。
忘れてはいけないのは彼らの宗教者にとって、神命記の記述は絶対だということ。
つまり、卑下の言葉を口にした枢機卿は、もう一度同じ台詞を声に出来なければ、自分の発言を虚偽と認めることになる。そして宗教者が嘘偽りを言うことは、少なくとも公的な場では許されていはいない。
という理論で、問題の枢機卿は宗教者あるまじき言動について、その責任を取らざるを得なくなるのだ。具体的には、謹慎や降格という憂き目に遭うことになる。
まあ、彼らだけのの内輪な打ち合わせだったら叱責で留まったのだろうが、『皇帝の権威の守護者』を本人の前で軽んじてしまった以上、重罰は免れない。
まあ、墓穴を掘った枢機卿のことなどどうでもいいと言えばそれまでだが、それに起因して恨みを買うことがあるかもしない。逆恨みもいい所だが、火種は作らない方が良い。
なのでユーナは、助け船を出しつつ釘を刺すことにした。
未だに続く居たたまれない雰囲気を破って、神命記の一節を読み上げる。




