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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ヴァールガッセンの亡霊
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ユーナ、仕掛けを発見する&村人を追い返す

 複数ある鍵の内、目的の部屋のものがどれなのか判らず、すべての鍵を持っていった。いくつか試している内に、当たりを引いた。

 そこは物置部屋のようだった。それほど広くはない。小さな明かり取りの窓があり、そこから差し込む光だけが部屋明かりのすべてだった。

 たくさんの木箱などが乱雑に積まれている。埃は積もっていない。綺麗なのは館の他の部分と同じ。

 室内の一角に、白い布を被った板状のものが壁に立てかけられている。

「これ、絵だよね」。

 同意するアンナを尻目に、ユーナは布を取った。


「あ」

 アンナが止めようとしたが、既に遅い。アンナは何か仕掛けがあることを気にしたのだが。

 現れたのは、男性の肖像。身体は細め。こけ気味の頬に、しっかりと結んだ口許。全体的に、神経質そうな印象を受ける。

 額縁に名前があり、〝カッシート・ヴァールガッセン〟と刻まれている。この肖像の人物が、『七日間事件』に関わった〝カッシート〟なのかは不明だ(歴代の当主の中には名前が同じ者もいるため。例えばリーズ家の当主は代々ザツィオンを世襲している)。だが、その面影は、明らかに食堂で昨晩遭遇した白い男に似ていた。

「特に問題なさそうですね」とアンナ。

 ユーナは肖像画に白布をかけようとして、もう一度額縁の中の人物を見る。

 突然、その瞳が動いて、ユーナと目が合った。そして〝カッシート〟は口許を緩めてにっこりと笑顔を見せた。


 ……。


 特段騒ぐでもなく、二人は次を待った。二人の期待は外れて、〝カッシート〟は視線を元に戻し、再び口を結んで動かなくなった。

「……これだけ?」

「そのようですね」

 拍子抜けである。

「何のための仕掛けなんだろう、これ」

「見た人を驚かすためのものだと思います」

 淡々とアンナが答える。

「ふーん……」


 術士にとって、これくらいの怪異は驚くに値しない。仕掛けた者が二人の対応を見たら、きっと悲しい顔をするだろう。それくらい、二人の態度は素っ気なかった。

「絵画に重なるようにしていた霊体が存在し、実際に見えたのは幽体の動きで、それを絵画の動きと錯覚した可能性があります。それから、土系の持力の中に、絵が動くように見せることが出来るタイプがありますね」

「その持力を誰が供給しているかが問題になる訳ね」

「はい」

「水晶術? やっぱり」

「それも候補の一つになります」

 課題『幽体捕獲』あの時に出会った白い霊は持力を使うことが出来た。それと同じような存在が水晶に封じられ、この部屋のどこかに配置されていれば、絵画が動く事象は実現出来る。

「探す?」

「いえ、昨晩の事件に関わる場所を優先しましょう」

 ユーナは頷いて、肖像画に白布を掛けた。


 2階で調査が必要な場所は、特に食堂と緑大理石の間だった。

 まず食堂だが、この部屋で問題にすべきなのは〝カッシート〟と思われる白い幽体が座っていた椅子だ。仕掛けがあるとしたら、この椅子になるはず。

 木製のそれは当主が座るためのものであるだけに、他に比べて一回り大きく、装飾も丹念に施されている。背もたれは革張り。

 今朝、クリスが座るのを躊躇ったたに部屋の端に置かれていた椅子を、二人は丁寧に調べていった。彫り込まれた模様が実は紋章魔術の模様を現していないか、小さな水晶が嵌め込まれていないかなどなど。

 しかし、これといった仕掛けは見つけることが出来なかった。

 仕方がないので、2人がかりで椅子をひっくり返してみる。

 やはり怪しいところはない。

 何の変哲もない、ただの豪華な椅子。

 ということは、あの白い幽体の発生源はこの椅子ではない。

 今日の晩餐では、ゆったりとクリスに座ってもらおう。


 次に緑大理石の間に行く。

 領館の中で最も広いこの部屋。舞踏会も開催できるだろう。

 食堂で遭遇した〝カッシート〟と思しき白い幽体がユーナ達を導いた場所である。

 壁は神話や英雄譚に題材を取った絵画や、肖像画で埋め尽くされており、天井は空を表す水色と雲を表す白色。そのところどころに翼を背負った子供の天使の絵が描かれており、手にはラッパや弦楽器などを携えている。


 昨晩、鬼が落ちてきた時には、天井を破るような音が聞こえたので、てっきり天井に穴が空いているものと思っていたが、そんなものはどこにも無かった。鬼が破って逃げていったガラスも、綺麗に修復されている。

 ユーナ達はこの時になって初めてそれに気がついた。

 窓ガラスを入れ替えるには、まず割れたガラスを取り去り、枠を取り外して分解する必要がある。その時には、必ず騒音が発生する。それほど大きな音ではないが、それでも全く気付かないなんてことはあり得ないくらいの音だ。


 この部屋でもう調べなければならない場所は、暖炉である。昨晩は暗闇の中で突然すべての燭台に明かりが灯り、それが1つずつ消えていった。最後に明かりが残ったのが暖炉の上に置かれていた燭台で、それが消えることはなかった。

 暖炉に何かがあると考えるのはおかしなことではないだろう。

 しかし、昨晩の調査では、仕掛けのようなものは見つけられなかった。途中で鬼が乱入したために中断したという面もある。

 なので、今日はもう一度調べ直すつもりだった。


 そうして調べること15分、ユーナはだんだん飽きてきた。というのも、今日の成果は物置部屋の絵画だけで、他に特に怪異には遭遇していない。その状況で暖炉にも何もないとしたら、やる気が失せてくる。昨日の息次ぐ暇もない事件の連続は、一体何だったのかという感じだ。

 アンナが熱心に調査を続ける傍らで、ユーナは軽くため息を付いた。

「ねえ、アンナ。そろそろ庭に行かない?」

 ユーナがそう誘った時、突然、床が震えた。


 ごりごりと石が擦れる音と共に、暖炉自体が壁の向こう側へと引っ込んでいく。そして、ある程度奥に行ったところで横にスライドして姿を消した。

 後に残ったのは、ずっと奥の方へ続く空洞。

 通路のように見える。

 この仕掛けは、『幽体捕獲』の時の図書館を彷彿とさせる。この先に何か隠されているのは間違いないだろう。あの時は行った先に水晶があったが、ここには何が隠されているのだろうか。

「それにしても、何もしてないのに仕掛けが作動するなんて。秘文とか必要ないのかな?」

「わたしも特に何もしていないのですが」

 図書館では、隠されていた秘密の文章を唱えることで仕掛けが作動した。しかし、今回は何もしていないのに、勝手に動き出した。この違いは何なのだろう。

「行ってみる?」

 ユーナが訊く。

「はい」と頷くアンナ。

 アンナはやる気満々だ。


 暖炉の向こう側は真っ暗だったので明かりが必要になる。

 ユーナはまた執事室に行って、カンテラのような灯りになるものを探すことにした。

「ちょっと行ってくるから待ってて?」

 と言い置いて執事室に向かう。

 その扉は大きく開け放たれている。

 不審に思って部屋の中をのぞき込むと、ニキアも寝ているはずのトマスも居ない。

 焦ったユーナは、2人を探そうと思ったが、どこを探せば良いのか判らない。

 右往左往していると、門の方から言い争うような声が聞こえてきた。


 行ってみると、そこにはニキアとシィル、3人の男たちがいた。男の内1人はトマスで、意識が無いのか、2人が肩を貸す体勢で身体を預けている。

「あんたら、トマスの友人なんだろ? トマスのこと心配じゃないのかよ!」

 ニキアがトマスを連れて行かないよう説得している。シィルはその後ろでおろおろしながら、口を挟まずに見守っていた。

「だからこうして迎えにきたんだ。あんた達の所に置いておく方が危険だ」

「だから、何度言えば判るんだよ、連れてく方が危険だって!」

 口論はずっと平行線のようだ。これを打開するには、ユーナは貴族風の対応しか思いつけない。

 傲慢不遜で高圧的な態度と言葉で威圧する。まるでレオンハルトような。

 ユーナは、『嫌だな〜』と思った。

 しかし、この状況はうまく収めなければならない。


 仕方が無いので、ニキアの前に進み出て、冷静を超えた感情を入れない声で言う。

「あなた達、領主の館に不法侵入していることは判っているの?」

 2人共、ぐっと唸った。自分たちのしていることの意味は判っているらしい。

「でもあなた達の場合、トマスと同じ罪を負う上に、もう一つ上乗せになるわよ。領主代行が館に留め置くと決めた人間を奪っていったこと。これも処罰の対象になる」

「だからってトマスを放っておけるか!」

「あのね、直轄領で育ったあなた達には判らないのでしょうけど、貴族って言うのは誇りや面子を大事にするものなの。命をかけるくらいに。それを傷つけられた時は、回復するために許される限りの方策を用いる。その中では領民の命って軽く扱われたりするのよ?」

(これって脅迫だよな〜)

 と思い、ユーナは苦笑いした。こういうやり方は本意ではない。だが、言っていることが間違っているわけではない。リーズ家は自分達の面子で領民を害するような真似はしないが、他の貴族の噂を聞く限りでは、ユーナが言った通りのことがまかり通っているのが実情だ。


 クリスが領民を害することは望まないことは判りきっている。でも、貴族という立場を取るからには、通さなければならない筋は通さなければならない。そうでないとクライル=ヴァールガッセン家は貴族界で領民すら統御出来ないと馬鹿にされ、ひいては領民にもどんな影響を及ぼすか判らないという現実がある(リーズ家が大丈夫なのはひとえに五大侯爵家の一角という、他に文句を言わせない立場がある)。

「それでも連れて行くというなら、好きにすれば良い。でも、処罰はあなた達2人だけで済むとは限らないからね」


 最後になって判断を相手に選ばせる言い方をしたのは、自分で判断したと納得してもらうためだ。

 ユーナとニキアの実力なら、男2人の強制排除は難しいことではない。しかしそれでは遺恨が残る。残った遺恨は積み重なり、いずれ爆発する。

「……大事に扱ってくれるんだろうな?」

 男の片割れが言った。

「それはもちろん」

「代行の姉ちゃんは、トマスは罪人だから裁くと言っていたが」

「それは残念ながら本当のこと。でも、軽い処罰で済むはずよ。領主代行は厳罰なんて望んでいない。それは請け負うわよ。それから、あなた達の不法侵入の罪だけど」

 男の片方が顔をしかめ、もう片方は、ちっと舌を鳴らす。

「トマスを元いた場所まで運んでくれるなら不問にする。あたしとこの子たちが黙っていれば済むことだし。ね?」

 ニキアに確認を入れると、判っているのかいないのか、「お、おう!」と男っぽく了承してくれた。

 シィルは何度も首を縦に振って意志を示した。

「仕方ない」

 2人の男は頷き合い、トマスを執事室に運び入れると去っていった。


 やり方はどうであれ、状況を収めることができてユーナはほっとした。

 ニキアを監視に付けていたのは正解だった訳だが、なぜあの2人が門の近くまでトマスを運ぶことができたのかは気にかかる。普通に考えて、執事室に2人が入ってきたのをニキアが見つけ、トマスはベッドに横たわったまま口論になるはず。

 ニキアがちゃんと()()()()()()、だ。

 推測ではあるが、それで間違いではないだろう。

 結果としてトマスを連れて行かれた訳では無いので、ユーナはとやかく言うのは止めておくことにした。


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