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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ヴァールガッセンの亡霊
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クリス、ザルリンク村を視察する。ユーナ、調査を開始する。

「クリスティーネ様、そろそろ出立のご準備を」

 ランティエが声をかけたことで、クリスは我に返った。

「そうですね。村長さん、ごちそう様でした。美味しかったです」

「お粗末さまでございました」

 クリスは立ち上がり、そのまま村長の家を出て、馬車に乗り込んだ。

「これからザルリンクに向かうとなると、お帰りは暗くなっているでしょうな」

「領館に帰るだけですから、お気になさらず」

 ロランに馬車を出すよう指示する。

「それでは、また」

 そう言って、クリスはクリフトの村人に手を振った。


 馬車に揺られて眺める景色は畑から林に変わり、さらに青々とした平原に変わった。草が生えた中に、白に黒の斑がある生物が沢山いて、じっとしたまま草を食べている。

 それが牛であることはクリスにもすぐに判った。牛を直に見るのは初めてだった。

 そうして1時間ほどして、一行はクリフトの北にあるザルリンク村に到着した。

 城壁に開けられた門を通って村の中に入る。

 この村はクリフトに比べると小さく、街並みもこじんまりとしている。それでも中央には広場があり、小さいながらも聖堂があった。

 遅れて到着したにも関わらず、村長は広場でクリス達を出迎えてくれた。ザルリンク村の村長はまだ若く--と言ってもクリスの父親と同年代くらいだが--がっしりとした身体つき、黒い髭の顔に浮かべる微笑みは人の良さを現していた。

 クリフト村と同じようにこの村でも町並みと畑を視察して回ることになった。


 町は端から端まで5分もかからない。その空間の中に黒い柱に白壁の家々が雑然と建っている。しかし窮屈を感じさせることは無く、各家には小さいながら庭もあり、そこには花が咲き、よく手入れされている。

 門というのもおこがましいくらい小さく簡素なアーチを抜けると、そこには牛が沢山いた。

 クリフト村と違い、ザルリンク村は酪農が盛んなようだった。


 クリスが珍しそうに牛を眺めていると、村長は柵に近づいて手を振る。すると、それに導かれるように牛が一頭、カウベルを鳴らしながら近づいてきた。

 間近に見る牛は迫力がある。巨体な上にぎょろりとした目が怖い。

「触ってみますか?」

 村長の言葉にクリスは恐る恐る牛に触れてみた。

 温かみが手に伝わる。

「クリスティーネ様」とランティエが咎めるように言ったのでクリスはそれ以上は止めておいた。

「そろそろ町の方へ戻りましょう」

 村長の案内で元来た道を戻る。


 視察した限りでは、この村も裕福なようだ。やはり、クリフトの村長が言うように旧ヴァールガッセン家の恩恵が今でも続いているのだろうか。

 そう思って、そのことを告げてみると、村長は驚いたように目を見張った。

「それは、クリフト村で聞かれたのですか?」

 クリスは頷いた。

 村長は顎髭に触れて考え込んだ。そして、顔をクリスに向けて話し出した。

「確かに旧ヴァールガッセン家の方々には良くしていただいたようです。ですが、その後この村を維持し広げてきたのは我々です。そのことに自負も誇りもあります。けして昔のヴァールガッセン家のお陰だけとは思っておりません」

 しっかりした言葉で村長はそう答えた。その物言いは田舎の村の人物が話すような口振りではない。だがクリスは田舎の人と話すのは今回が初めてのために違和感に気付くことはなかった。

 クリフト村といい、ザルリンク村といい、全般に教養が高い。それは旧ヴァールガッセン家の遺産なのかも知れなかった。


「しかし、クリフトの連中は相変わらずですな」

 村長は苦笑する。

「それはどういう意味ですか?」

「連中は昔のヴァールガッセン家を尊崇しているのです。ほとんど信仰と言っても良いくらいです。クリスティーネ様にご不快な言動はありませんでしたか?」

 クリスは黙った。

 クリフトの広場で見かけた胸像を思い出す。

 それから、不快とまでは言わないが、細かいところで気になる物言い。いろいろと思うところはある。

 その微妙な表情の差を見て取った村長は困ったように眉を寄せた。


「クリフトの連中の代わりというのもおかしな話ですが、どうか、彼らを寛大に見てやってください。彼らに悪気はないのです」

「それは判っています。大丈夫ですよ」

 村長はほっとしたようだった。クリスは続けて気になっていることを訊くことにした。

「クリフトの人たちが昔のヴァールガッセン家を信仰している理由について、思い当たることはありますか?」

 村長は軽く首を振って答える。

「それが良く判らないのです。連中に訊いてみても、固く口を閉ざすだけで」

「そうですか」

「まあ、悪い連中ではないですよ」

 村長は請け負うように言った。


 それからクリスは村長に、父親からの手紙を渡した(そこには税などの今後のことが書いてある)。

 ザルリンクも元は皇帝直轄領なので、税の面では優遇されている。それをそのまま据え置きにすると記した内容になっていた。


 しばらく雑談した後、クリスとその一行はザルリンクを後にした。クリフトに辿り着いた時には、太陽が山の端に消えようとしていた。


 クリスとランティエが視察に向かうのを見送った後、残った3人は、それぞれの仕事に取りかかった。

 ニキアはトマスの監視役なので、1人で1階の執事室に向かう。

 ユーナとアンナは館の3階に戻り、調査を開始する。


 まずは、昨夜睡眠をとった3つの部屋から。

 ユーナとクリスが眠った部屋は、ベッドが移動した状態のままだった。

 もう一度、ベッドを引きずった後がないか調べてみたが、成果無し。

「そうなると、浮かせて移動したとしか考えられないのですが……」

 アンナは神妙な顔をする。

「何か問題があるの?」

「はい。重量のある物体を浮かせる魔術というのは、クヴァルティスには存在しません。どうやって移動させたのか、原理が判らないのです」

「風を使って浮かせるという方法は思い付くけど……」

「そのやり方では、眠っている人が起きてしまうくらいの騒音が発生すると思います」

「そうだよね」


 風を使えば間違いなくテーブルの上の燭台は倒れ、カーテンはなびき、ガラスが鳴る。酷い場合は割れる。その状況で眠り続けられるほどユーナは鈍感ではない。

 一つ考えられるのが『ムルム』の『風壁』だが……ベッドを浮かせることが出来るのかは不明だ。それに、『ムルム』が、こういう悪戯みたいなことをする理由が無い。とりあえず、『ムルム』には確認してみようとユーナはこのことを頭の片隅に置いた。


 ニキアとアンナが泊まった部屋は特に異常がないようだった。問題があるとすれば、ニキアが寝たとしか思えないベッドの有様だった。衣服が乱雑に別途の上に放り出され、小物が散乱している。

 それに対してアンナの方はきちっと整理されていて、ベッドもメイキングされたばかりのように綺麗に整っている。

「ニキアももうちょっと整頓して欲しいわね」

 ため息をつくユーナもあまり人のことは言えない。

 それが判っているのか、アンナは無言だった。


 ランティエの部屋も整然としていた。余分な持ち物は無く、置いてあるのは鞄が一つだけ。ここも、特に変わったところはなかった。


 3階のその他の部屋も特に変わったところはない。


 念のため歩き回ってみたところ、一カ所、鍵が掛かっている部屋を見つけた。昨晩は気づかなかった場所だ。

 1階の執事室へ鍵を取に行くと、監視中のニキアと横になっているトマスがいる。

「どう?」

 ユーナが訊くと、

「どうって言われても……ずっと寝てるよ。重傷だからね」

「早く村に戻してあげられると良いんだけど。ニキアが治癒魔術を使えればよかったのにね」

「あたしに、そう言う器用なことを求めるなよ」

「それもそうね」

 ユーナがくすっと笑うと、ニキアもにかっと笑顔になった。


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