修道士の山2
ユーナ達が少し歩くと、クリュオのカンテラに照らされて、その廃墟の一部が浮き上がって見えてくる。それは、300年前の大火災の跡を示すもの。昔は修道会の建物だったと思われる。
だが、そこに人が居るような気配は感じられない。
「クリュオ、2人は居る?」
ユーナは、2人を監視しているというクリュオに聞いてみる。『監視者』とか言っていたが、それがどんな存在なのかは今は確認しないでおく。
「この廃墟の近くではありません。さらに西の方へ進んだようです」
「と言うことは、閉鎖区域ですね」とアンナ。
『修道士の山』の西側は、原則立ち入り禁止になっている。入館当初の説明では、旧市街側にある『修道女の山』と一緒に、頂上には閉鎖区域が存在するので近づくなと説明を受けている。リディアもカリンも、同じ説明を受けているはずなのだが。
「行ってみましょうか」
この場合、背に腹は変えられないというか。『幽霊捕獲』の一件があるので、この街はどんな仕掛けがあるか判らず危険と言える。しかしそれは、リディアとカリンにも当てはまることだ。たとえ強力な魔術を使えたとしても。
「バレたら後で大変でしょうけど、ここは仕方ないですね」
普段なら止めるであろうアンナもこの時ばかりは同意する。
聖堂廃墟を越えて西側に行くと、膝ほどまである草の野原が現れ、さらに先に進むと、鉄柵が現れた。その先が閉鎖区域となる。
見習いとは言え術士が多く住むメーゼンブルクにおいて、それでもなお閉鎖されている区域など、どんな危険があるのか判らない。それも不安要素ではあるのだが、実はそれ以上にリディアの暴走の方が怖い。
リディアの持力はこの街を壊滅させた『魔人』と同じ。であれば、小さな山を1つ焼き尽くすくらいは造作もないはずなのだから。
鉄柵には簡易な扉があり、鎖で厳重に閉じられていたが、ユーナが指示するとクリュオは簡単にそれを断ち切ってみせた。と言ってもクリュオにそんな腕力は無いので、何か魔術を使ったと思われた。
カンテラを手にしたクリュオが先に鉄柵を超え、その後にユーナとアンナが続く。長い間、閉鎖されていたそこは、獣道のような細い道と、それを自然の姿に戻そうと生い茂る雑草、覆いかぶさる木々の枝で洞窟のような印象を受ける。
「こちらです」
クリュオが迷いもせずに歩みを進めるのに従って奥へ行くと、やがて前方に灯りのようなものが見えてくる。それも、複数。
だが、人が持つカンテラにしては、その光は明るすぎた。そう、まるて焚き火を彷彿とさせるような。
「あそこです……」と告げたクリュオが、突然、立ち止まる。
「どうしたの?」
「どうやら、戦いがあったようです。リディアとカリンは無事のようですが」
ユーナはごくりと唾を飲み込む。
夜に煌々と光るオレンジの光。炎を想像させるには十分な光。そして、それが炎というのであれば、リディアの魔術を想起しない訳にはいかないのだ。
知らず、ユーナは走り出していた。クリュオとアンナがそれに続く。
やがてたどり着いた場所では、何かが炎に包まれて燃えていた。炎の中でぴくりとも動かないそれらは、土の塊のようにも見えるが、中には手足のようなものが生えているものも確認できる。
そして、
そこかしこで燃える炎の間に佇むリディアを、ユーナは見つけた。
炎の1つを見つめるその顔には、表情と呼べるような感情は表れておらず、今までユーナに見せていたような無邪気さは微塵も無い。
その所為か、炎のゆらゆら揺れる明かりに照らされるリディアは、妙に荘厳に見え、神か、でなければ悪魔が顕現したかのような錯覚さえ覚える。
もしかして、目の前のリディアはリディアではないのでは……。そう思いたくなってくるほどの違和感。
しかしそれも一瞬。
リディアは、ユーナ達を見つけると、へにゃっと表情を崩した。それは今までユーナが見てきたリディアの顔だった。
「あれ、どうしたの? ユーナせんぱい?」
口調も確かに元に戻っている。
「へ?」
その変貌振りに、ユーナは頭がついていかない。




