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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ヴァールガッセンの亡霊
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クリス、視察に赴く

「よほど話したくない理由があるみたいね」

 執事室を出たところでランティエがため息をつく。

「もしくは、話せない理由ですね」

 アンナが言い換える。

「それは、どういう意味?」とユーナ。

「村人まで処罰が広がると聞かされても話さないくらいですから、話したくても話せない理由があると考えるべきでしょう。それが何なのかは判りませんが……」


「トマスには監視を付けた方が良いでしょう」

 ランティエが提案する。

「それが良いかもね」

 ユーナも同意する。

 脅しのような尋問をしてしまったので、トマスが逃げ出す可能性があった。昨晩の出来事の重要な要素である彼を見逃すわけにはいかない。怪我の状態から、無理をさせる訳にもいかないという面もある。

 そこでニキアを見張りに置くことになった。ニキアは不服そうに唇を尖らせたが、拒否するつもりはないようだった。

 ということで、領館の調査はユーナとアンナに一任されることになった。実際にはアンナが居れば事足りるとユーナは思った。


 階段を降りている時、ユーナはクリスが浮かない表情をしているのに気付いた。

「どうしたの?」

 ユーナが問いかけると、クリスは「馬車の準備が……」と答えた。

 昨日、馭者は村から戻ってこなかった。

「まさか、何か事件に巻き込まれているのでは……」

 クリスは、いやなことを思いついて表情を曇らせる。

 領館であれだけいろいろと起こったのだから、村でも何か起こっていたとしても不思議はない。

 馭者の身も気にかかるところだが、現状困るのは馬車を動かす手立てがないことだ。そうなると、村の視察も出来ない。

「ロラン、大丈夫かしら……」

 馭者の名前はロランと言うらしい。

 その時、馬のいななきが2人の耳に届いた。中庭の方からだった。

 中庭に出ると、ロランが3頭の馬を連れて戻ってきた。

「お嬢様。ただいま戻りました」

 馭者はクリスの前に跪く。

「無事で良かった。心配したんですよ?」

「申し訳ございません」と言ってロランは頭をかいた。彼には特に変わったところがなく、怪我などもしていない。

 それを確認したクリスは、すっと目を細めた。


「それはそれとして、昨日戻ってこなかったのはどうしてですか?」

 クリスは優しい声音に変わりはないが、それまでとは違い、目が笑っていない。美人がこういう顔をすると凄みがでる。クリスもそれに漏れることなく、ユーナは隣でぞくっと背筋が寒くなるのを感じた。

 クリスの部下であるロランはなおさらのことだった。彼は、びくりと肩を震わせて弁解を始めた。

「も、戻ってくるつもりだったんですよ、お嬢様。それが村人に捕まって酒をしこたま飲まされて、気付いたら……」

「朝になっていた、と?」

「はい……申し訳ございません」

 クリスは、ふうと息を吐く。

「今回は許しましょう。ロランのせいだけではないようだし。二度としないでください」

「はい、二度といたしません」

 ロランは、ほっと胸をなで下ろした。

「戻ってきてすぐですみませんけど、馬車の用意をお願いします」

「村の視察ですね。承知いたしました」


 ロランは、馬を引き連れてその場を離れ、すぐに馬車の用意を調えて戻ってきた。

 一緒に馬車に乗るようにとクリスがランティエを促す。ランティエは遠慮した。

 クリスは引き下がらず、妥協点としてランティエは馬車の後ろに設けられた召し使い用の席を使うことで落ち着いた。それでもクリスは中に乗って欲しそうだったが、ランティエはそれ以上は譲歩しなかった。

「では、行ってきます」

 クリスは馬車の窓から顔をのぞかせる。

「今日はクリフト村とザルリンク村ね」

「はい。帰るのは夕方になると思います。その間よろしくお願いします」

 出してくださいとクリスがロランに声をかけると、馬車が動き出す。

 ユーナとアンナは、それを見送った。


 後で聞いた話だが、領館がある山は『領主様の山』とか、『ヴァールガッセン山』などと村人からは呼ばれているそうだ。標高は村の周囲では一番高く、領館の窓からは村の様子が一望できた。


 まずは山の麓のクリフト村の視察から始める。

 馬車は、踏み固められた土の坂道を下った。坂道が切れたところに門があり、それをくぐると村の端に出た。

 そこから、村長との待ち合わせ場所である聖堂前広場に向かう。

 広場中央にある小さな噴水の前に到着する。

 そこには数人の姿があった。その中には村長と、村の有力者らしい壮年の男が3人、それから青年が数人いた。


 クリスはロランの手を取って馬車のステップを降りる。村長たちがクリスに近づいて来た。

「おはようございます、クリスティーネ様。本日もご機嫌麗しく」

 代表して村長が挨拶してくる。

「おはようございます」

 クリスは簡潔に応じた。

 なるべく貴族らしく。堂々と。その意味では『おはよう』と答えるのが正しい対応なのだろうが、クリスは尊大な態度を取りたくなかった。


 商会のお嬢様として育てられたクリスは、大抵のことはそつなくこなせるが、それはあくまで商人の娘としてであって、貴族の娘としてではない。商人と貴族では人との接し方や慣習がさまざまな面で異なっている。

 男爵家ご令嬢に成り立てのクリスには、まだまだ慣れなければならないことが多い。

『でも、威厳は大事だよ。それが良いかどうかは別として。まあ、最初の内はあまり喋らないで、『ええ』とか、『そうですか』とか答えていればいいと思うよ。そうすれば、何となく威厳があるみたいに勘違いしてくれるから』


 ユーナからはそんな助言を受けている。ユーナも幼い頃に貴族の養女になった経緯を持つから、同じような経緯を持つユーナはクリスにとって絶好の相談相手だった。

 ランティエも傍についてくれている。彼女は取り次ぎ役を買って出てくれたので、必要以上にクリスが話す必要はなくなっていた。


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