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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ヴァールガッセンの亡霊
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ユーナ達、鬼に遭う

 2つの赤い光がゆらりと揺れる。ユーナはその光に睨まれたように思った。

 瞬間、白いものの姿がかき消える。そして次の一瞬にはユーナの前に、それは居た。

 それが腕を振り上げる。ユーナは全く対応出来ずに、茫然としてその動作を見ているだけだった。

 それが腕を振り下ろす。

「危ない!」

 ランティエが割って入る。その動きは一瞬の差で間に合わない。

 しかし、それの腕は何か別のものにぶつかって、音も立てずに跳ね返った。

 それはユーナが所持する水晶に宿る好戦性精霊スピリトゥス・ベリゲル『ムルム』の『風壁(ヴィンデスヴァルト)』。

「ぐう?」

 それが鳴く。自分の腕を不思議そうに見る。

 その間にランティエがユーナ達の前に立ちはだかる。緋爪用の籠手は持ってきていないものの、緋針は何本か用意していたようで、ランティエは、投擲スタイルで緋針を構えた。

(オン)だわ。それも、二角鬼(オン・ディコルニス)

 ランティエは、一瞬のやりとりの間に相手を看破していた。二角は、呪猟対象としてはかなり厄介だ。知能が高い上に動きも素早く、肉体の基本性能が桁外れの人間を相手にしているのと変わりが無い。

 ユーナは、さっきの夢を思い出す。まさか、目前の鬼がレオンハルトに化けるとは思えないので、その妄想を振り払う。

 赤い光を宿した双眸が再び向けられる。ユーナは、また睨まれたと思った。

 ランティエは自分の方から攻撃を仕掛けようとはしなかった。勝つ自信が無いのではなく、避けられる戦いは出来るだけ避けると言うのが彼女の信条のようだった。返り討ちに遭うこともある呪猟では、慎重さは重要な意味を持つ。それに今のランティエの任務は呪猟ではなく護衛である。

 そらに、装備が万全ではないことも一因にあった。


 鬼の姿が掻き消える。

「そこっ!」

 ランティエが(くう)に向かって緋針を打ち込む。ユーナにはそう見えた。

 ランティエの渾身の一擲は、鬼の左腕を捕らえていた。鬼の白い肌に一条の黒い筋が流れる。

 鬼は緋針を引き抜き、投げ捨てた。

「ディコルニス、まだやる?」

 ランティエは、緋針を構えて鬼に話しかける。

「ぐ」

 鬼が唸る。ランティエの言葉を理解しているようだ。

 また、鬼の姿が消えた。しかし、ランティエは動かない。動けないのではなく、動く必要が無かった。


 今度はガラスの割れる音が響いた。

 鬼が外へ逃亡したのだ。

 すぐさま、ランティエが窓際に駆け寄る。

 ユーナ達もそれに追随した。

 窓の外は、庭園だった。

「うわ……」

 みんなが息を呑む。

 窓の外には、無数の蠢く姿があった。奥から手前まで、庭園を埋め尽くしている。それらは、こちら、すなわち館に向かって集まって来る。

 ユーナは最初、それを鬼の群れだと思った。しかし、何かが違う。どれもこれも、ディコルニスに比べると動きがゆったりしている。それに、明確な意思が感じられない。

「あれは……石像?」

 じっと見ていたクリスがはっとして言った。

 ユーナは確認しようとして、庭園の中の一体を凝視する。月の光だけではっきり見える訳では無いが、確かに、硬質の外観をしている。

「確かに、そう見えますね」

 本の虫の癖に目は良いアンナが同意した。

「水晶術か……」

 ユーナは思わず呟いていた。

「水晶術ですって?」

 ランティエが驚愕の声を上げる。

「あ」とユーナは口を塞ぐが、時既に遅し。

「どういうこと? あなた達は、何を知っているの?」

 ユーナは、ランティエに肩を握られ、がくがくと揺らされる。

「えぇと、あの」

 ユーナは言い訳を探すが、なかなか見つからない。

「そのままの意味です」

 アンナが代わりに答えた。

「そのままって、禁術だって言うの? あれが?」

「不思議なことではないと思います。旧ヴァールガッセン家の最後の当主カッシートは、最後の水晶術頭領カプト・デ・アルテ・クリスタルムだったのですから」

 アンナが説明する。

「だからって禁術が残っているなんて……信じられない」

 ランティエはもう一度窓の外に目を移した。

 その時、


「ぎゃああああああ」


 男の絶叫が庭園から聞こえた。

 明らかに、生身の人間のものだ。石像に襲われたと考えるのが妥当だろう。

「助けなきゃ!」

 焦ったユーナには、こんな夜中の庭園にどうして人間がいるのか、訝しむ余裕は無かった。

 階段へ続くドアを開け、一気に駆け下りる。

 クリスとアンナ、それにランティエが続いた。

 庭園に出ると、何体もの石像が動き回っている。


 そのただ中に、男が1人倒れていた。気絶しているのか、死んでいるのか、ぴくりとも動かない。

 叫び声の主は彼で間違いないだろう。


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