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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ヴァールガッセンの亡霊
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ユーナとクリスとランティエ、アンナを探す

 ユーナがベッドから降りた時、「ユーナさん」とクリスが声をかけてくる。クリスも目を覚ましていたらしい。

「ガラスが割れた音でしょうか」

「ちょっと確認するね」

 ユーナは部屋の窓を確認する。

 割れた箇所は無かった。

 となると、隣の部屋の可能性が高いが、そこにはニキアとアンナが寝ているはず。

「隣に行ってくる」

 ユーナは持っていく呪具を呪杖にするか、レイピアにするか迷ったが、呪杖を選んだ。これから遭遇するとしたら、恐らく物理的存在ではなく、霊的存在になるはず。

「待ってください」

 クリスは起きると、ユーナの傍に来てぴったりと寄り添った。

「では行きましょう!」


 部屋と部屋は直接繋がっていて、廊下というものは無い。だから扉を開ければ、そこはニキアとアンナの部屋である。

 ユーナは窓を調べるが、割れた形跡はない。

 2つあるベッドの内、1つにはニキアらしき姿があったが(寝ているらしい)、アンナは居なかった。

 さらに隣の部屋は、ランティエが寝ているはず。ユーナとクリスはそこに通じる扉を開けた。

「誰?」

 ランティエの声がする。

「すみません、ユーナです。あとクリスも」

「良かった。思わず緋針を投げるところだったわよ」

 怖いことを言う。

 ランティエが燭台に火を灯した。途端に室内が明るくなる。

「あの、ガラスが割れる音、聞きましたか?」とユーナが問う。

「ええ。それから、天井裏を走る足音もね」

「アンナを見ませんでしたか?」

「隣の部屋に居ないの?」

「はい。ニキアは寝てたんですけど」

「見てないわね」

 アンナが部屋を出るには、ユーナとクリスの部屋を通るか、ランティエの部屋を通る必要がある。

 気配を消して出ていったのだとしたら、そうまでしてアンナは何をやりたかったのだろうか。そして、何かトラブルに巻き込まれていはしないだろうか。


「ともかく、探しましょう」

 ランティエの言葉に従い、ユーナとクリスはランティエの後に付いて部屋を出た。

 その後、3階の全ての部屋を見て回ったが、アンナは見つからなかった。

 階段を降りて2階に移動する。妃の部屋、領主の部屋を過ぎ、食堂にたどり着いたところで、4人は歩きを止めた。

 当主の椅子に座る、白い男の姿があった。はっきりとした輪郭を持って存在しているが、向こう側が透けて見えている。

 間違いなく幽体である。

 着ている服は、貴族の普段着。細い目に、少しきつめの瞳。こけ気味の頬。全体的に、神経質そうな雰囲気を受ける。

 この幽体が誰なのか興味があるが、それ以上に『水晶術』による幽体なのかが問題だった。

 確かめるのは簡単である。持緑地を込めた緋で触れてみれば良い。普通の幽体ならば、それだけで幽体は消失する。

 ユーナはそれを実行しようと、呪杖の先を白い男に向ける。それを、ゆっくり近づけようとしたとき、

「止めておきなさい」

 ランティエが止めた。


「え? どうして?」

「放っておきなさい。何もしてこないなら、こちらから手を出す必要は無いわ」

「判りました」

 ユーナとクリスは、それに従った。3人が歩き始めたとき、白い男が音も立てずに立ち上がる。

 そして、ユーナ達の方へ顔を向け、静かに微笑んだ。それから、床を平行移動するように移動し、3人が向かおうとしていたドアを抜けて消えていった。


 隣は『東洋趣味の間』である。

 白い男が待っているのではないかと誰もが考え、お互いに頷き合う。

 ユーナが扉を開けたとき、灯りが3人を出迎えた。

 男の霊はいない。灯りのために消えて見えなくなったのか。

 というより、なぜ、この部屋だけ明かりが灯っているのか。

 光源である燭台の方へ目を向ければ、机に向かって、一心不乱に書籍を読んでいるアンナ。

 ユーナも、それからクリスもランティエも、アンナの身に何事もなかったと確認できて、ほっと胸をなで下ろす。


 しかし、当のアンナ本人は、ユーナ達が部屋に入ってきたことに気付いていない。

「あの、アンナ……?」

 ユーナが声をかけると、アンナは、はっとして頭を上げ、ユーナ達を見た。

「何してるの……て、本を読んでいるのは判るけど、なんでこんな夜中に?」

 アンナは珍しく気恥ずかしそうにしながら、

「お昼の内は、みなさんと行動を共にすべきだと思いまして。そうなると、本を読む時間は夜に限られてしまうので……」

「面白い本があるんですか?」とアンナが読んでいた本を覗き込むクリス。

「すみません、勝手に読んでしまって」

「構いませんよ。ここにはどんな本があるんですか?」

 クリスの問いに、アンナは興奮気味に答える。


「詩集とか、年代記が多いですね。詩集ではエウアルクの『百士集』はもちろん、エスティン・ド・デュレ『カンタウルスにて』、カンティート・デ・オクタルクス『八門の栄華』もあります。年代記は、クヴァルティスが第一帝政から第二帝政に移行するときに勃発した戦争の手記であるエライアス・ノーン著『ディヴァイニス戦争記』の初版全巻があります! それから、カムネリア=ゲイルゴーラ神国時代の歴史書、『ゲイルゴル』! クヴァルティス第一帝政期初代皇帝の功績を記したエイセノス・ショーファー著『トゥベイリラティカ』!! などなど!!」


 誰でもタイトルくらいは知っている書物もいくつか含まれるが、いくつかは結構マイナー。

 2人とランティエが沈黙していると、我に返ったアンナは咳払いを一つして、

「失礼しました。少し興奮してしまいました」

 少しどころではなかったのは、だれの目にも明らかだった。

「勝手に行動したのは謝罪します。ですけど、お三方はどうなさったんですか、こんな夜更けに?」

「もしかして、聞こえてなかったの?」

「何がでしょうか?」

 本に集中し過ぎて聞きそびれたのか、この部屋まで聞こえなかったのかは不明。

 このため、ユーナが代表して、現状を説明した。

「それで、割れた窓を探しているということですね」

 ユーナは頷く。

「判りました。わたしも探します」

 アンナは本を閉じて椅子から立ち上がった。


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