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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ヴァールガッセンの亡霊
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ユーナ、ポルターガイストに遭遇する

「こんばんは、失礼します」と男の声がアーチの方から聞こえた。

 振り向けば、村長によく似た青年が立っている。それは、先ほどの会った村長の息子、トマスだった。

「ところで、飼い葉はありますか? それが気になって様子を窺いに来ました」

「ああ、確かに無いみたいだ」と馭者が答える。

「それでしたら、どうでしょう、我が家で用意しますので、馬を村に連れてきては?」

「そうさせていただいてよろしいでしょうか、お嬢様」

 馭者はクリスにお伺いを立てる。

 馬も食べ物がなければ困るのは人間と同じ。

「お願いします」とクリスは答えた。

「それでは参りましょう。ご案内しますよ」

 と、トマスは丁寧な物腰で馭者を先導する。


 ユーナが気になったのは、トマスの雰囲気というか、その振る舞いだった。

 まず、先程帰って行った2人と同じく、怯えが無かった。

 それから、これが重要なことなのだが、トマスはずっとクリスのことを目で追っていた。有り体に言ってしまえば、クリスが美人だから目を奪われていると言う感じ。

 だが、その眼は領主代理の立場にある人物に向ける目つきではない。なんだか、いやらしい感じがするのだ。ユーナ的には、それがどうも気に入らなかった。

 特に何が起こるとも思えないが、この男には用心しておこうとユーナは思った。


 馭者はトマスと共にランティエが乗ってきたものも含めて3頭の馬を連れて村へ引き返して行った。


 空が暗くなる頃になって、4人とランティエは、ユーナが持つ燭台の光を頼りに領館に入った。

 エントランスは狭く、すぐ近くに階段があった。

 一階は一般的に召し使いが暮らす部屋や厨房が置かれているので、領主とその家族、友人が出入りすることはあまり無い。

 折り返しのある幅広の石製階段を2階に向かう。

 2階の床は木製になっており、左右に木製の扉。

 クリスの先導に従って、右側の扉を開ける。緑大理石で色調を整えられたホールが現れた。舞踏会などに使える部屋だ。


 外観と同じように、内装も綺麗で、200年もの間、放置されていたとは思えない状態だった。手入れや掃除をしている何者かがいるとしか考えられない。

 さらに奥の扉を開くと、今度は黒を基調とした()。そうやって次々と扉を開け、赤の間、鏡の間、本棚が並び書斎に使われていたらしい東洋趣味の間(本棚の書籍にアンナが反応したが、今は遠慮してもらう)、食堂などが続く。その中には領主の寝室、その妃の寝室などもあったが、客用のものが無い。4人は出来れば1つの部屋に一緒に寝泊まりしたいと考えていた。

 3階に行ってみると、一室に2つのベッドが置かれた部屋を3カ所見つけた。

 ベッドはどれも天蓋付きで、上から下へ流れるヴェールも、マットも、全てが先ほど整えられたように綺麗で、清潔だった。


 一緒に旅をしてきた中で、ベッドメイキングをするとしたらシィルしかいないが、彼女は現在、厨房で夕食を作っているはずである。

 誰が整えたのか判らないベッドを使うのは躊躇いがあった。

 その時、

「わー!」

 と叫びながら、感極まったようにベッドにダイブするニキア。そのまま頬を枕にすりすりする。

「気持ちいい! ほら、みんなやりなよ!」

 この姿を見た途端、疑惑を持っていたのが馬鹿らしくなった。

 ともかく、ベッドに問題は無さそうということで、2部屋をユーナとクリス、ニキアとアンナに別れて使うことにした。

 残る一室はランティエに使って貰うことにした。本人は、自分は雇われている立場だからと拒んだが、雇い主であるクリスのたっての願いで、受け入れてくれた。


 荷物を紐解き、短い期間だが生活するための準備をする。といっても、持ってきているのは普段着とパジャマと下着くらいなので、少ない服を引き出しにしまうだけで事足りた。

 とりあえず、普段着に着替えた。

 それから、部屋の内装を見て回る。壁は白を基調として、金色のラインや文様が飾りとしてあしらわれている。暖炉は無かったが、この部屋の隣に巨大なストーブがあったので、それで暖気は十分得られるのだろう。夏の今は全く無用の長物でしか無い。



 2階の食堂で夕食。

 幾つもの3本立て燭台が照らす中、領主代理であるクリスが部屋の奥の方に座り、ユーナ達3人とランティエがそれに向かい合って座る。

「本当に、私もご一緒して良いんですか?」とランティエは遠慮したが、やはりクリスが同席するよう願った。

 食事自体は質素な物だった。

「申し訳ございません、準備する時間が無く……。明日はもっとちゃんとした物をご用意いたします」

 シィルが勝手の判らない厨房で孤軍奮闘した結果、それでも温かい物としてズッペ(スープ)が出てきたし、それにブロートとザワークラウトがあれば、食事としては十分だ。

「これだけを用意するだけでも大変だったでしょう? ありがとうございます」

 とクリスが労いの言葉をシィルにかけた。

 本来なら、シィルはユーナ付きの使用人だが、この場で一番偉いのは領主代理であるクリスなので、シィルはクリスの配下扱いになる。その辺が少しややこしい。

 明日はクリフト村の検分に向かうことを確認して、五人はそれぞれの部屋に帰っていった。


 この夜、馭者は戻ってこなかった。


 ユーナとクリスが泊まった部屋は、中央に大きめのテーブルが置かれ、2つのベッドは離れて、それぞれ壁際に接していた。窓を背にして右側をユーナが、左側をクリスが使うことになった。

 2人は、わざわざ持ってきたパジャマに着がえる。

 ユーナが3本立ての燭台の火を消した。途端に部屋は暗闇に包まれるが、目が慣れるにつれて、ぼんやりと周囲が浮かび上がった。

「おやすみなさい」

 そう告げてユーナはベッドに潜り込む。

「はい、おやすみなさい」

 クリスが挨拶を返す。

 3日ぶりのふかふかのベッドに、2人はあっという間に眠りに落ちた。


 夢の中で、ユーナは魔物と闘っていた。相手は人型で、頭に髪はなく、代わりに3本の角が生えている。その姿からすると鬼族(オネス)のようだが、ユーナは鬼族に遭遇した経験は無い。つまり、想像上の(オン)と闘っていることになるが、夢の中ではそんなことは関係ない。

 いかに相手を倒すか。考えるべきことはそれだけだ。

 鬼は角の数が多くなるほど知能が低くなり、代わりに身体が大きくなり、筋力が増すと言われている。3本角は、ちょうど中間的な存在で知能もそこそこあり、力もある。闘いにくい相手である。

 対峙している鬼は、青白い顔にユーナをムカつかせる笑みを浮かべていて、徒手空拳で飛びかかって来てはユーナに拳や蹴りを見舞ってすぐに距離を取る。ユーナはそれを呪杖で防ぐ。何故かレイピアは手元に無かった。


 鬼の攻撃に合わせてカウンターを仕掛ける。しかし、それは難なく躱されてしまう。何度か繰り返しても当たらない。

 その間、鬼は嘲るように口角を上げて笑み浮かべていた。

 ユーナはますますむかつきを覚える。

 呪杖では埒があかないと思ったユーナは持力術に切り替える。一気に凍らせてやろうと考え、鬼の顔を見ると、なにやら、見覚えのある顔に変わっている。

 いつの間にか角はなくなり、代わりに金髪が生えている。

「あ! レオンハルト・リッツジェルド!」

「ごきげんよう、ユナマリア嬢」

「本名で呼ぶな!」

 と叫んだことろで、


 がしゃん。


 激しい破壊音に睡眠を妨げられた。

 ユーナは上半身を起こして、夢の出来事を反芻する。闘っていた鬼の顔がいつの間にかレオンハルト・リッツジェルドに変わっていた。

 夢占い的に、何かを示唆しているのだろうか。

「というか、そんなにあいつのこと嫌いなのか、あたしは」

 独り言を言う。

 その時、上の方からばたばたと叩く音が鳴った。ラップ音。それは、まさしく天井を走っているようなリズムだった。だが、驚く程のことではない。問題は、ユーナが目を覚ますきっかけとなった破壊音の方。それはガラスが割れる音に似ていた。

 ラップ音の可能性も否定できないが、何者かが侵入してきた可能性もある。これは無視できない状況だった。


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