4人娘、クリフトに着く
Ver.2
その夜は野宿となった。村までたどり着くことは出来たが、そこに宿屋が無かったのだ。
馬車馬を木につなぎ、馭者以外の5人が小さな焚き火を囲む。馭者は男だったこともあって遠慮したようだった。
ランティエと仲良く話すのはこれが初めてだった。今までの2日間はランティエの方から一線を引かれて、4人は近寄り難さを感じていた。
それが夕方の一件によって、一気に距離が縮まった。
一番はしゃいだのはニキアだった。ニキアは夕方の魔獣狩りから未だに興奮が収まらず、ランティエにいろいろなことを訊きまくった。
ランティエの館生時代のこと。どの教官の講義や実技を履修していたとか、当時、学館でどんな事件があったとか。もちろん、銀鷲徽章争奪戦の話も出て、ユーナが4位に入ったことを知ると、ランティエはとても驚いたようだった。
それから、さすがに真相までは明かさなかったが、課題『幽体捕獲』のこと。ランティエの館生時代には、課題が出されることは無く、伝説は伝説のままだったらしい。
それから、ランティエが正式な術士になった後のこと。どんな魔物を狩った経験があるとか、苦労話とか。南のコルネリア砂漠を訪れたこととか、セーネイア大森で幻の民族、赤の族に出会ったこととか。赤の族の話にはユーナが食いついた。
「あたし、ほんとか判らないですけど、赤の族の血を引いてるんじゃないかって言われます。それで興味があって」
「そうね、あなたほど鮮やかな赤い髪だと、それもあるかもね」
そんなことを聞いたり話したりしている内に夜が更け、5人は睡魔に任せて眠りに付いた。
翌日の夕刻近く、一行はクリフト村に到着した。
村人が大勢現れて、馬車を遠巻きに取り囲む。
その中から、おじいさんが現れて馬車に近づいてくる。彼は村長だと名乗った。その傍らには、村長によく似た青年で、トマスと名乗った。
当然ながらクリスが代表して村長と会話をする。
「わたしは、クリスティーネ・クリフト・クライル=ヴァールガッセンです。今日は新たな当主であるわが父の代理として、村の検分に来ました」
クリスはそう言うと、自分の紋章を村人達に示した。
「おお!」とざわめきが起こる。
「あなた様は、ヴァールガッセン男爵様のご子孫であらせられるのですか?」
村長が軽く西方訛りが入った発音で訊く。
クリスは否定した。
「我が家門は新たに叙爵された新興貴族です。元々はクライル家という商家です」
「クライル家というと、あの……」と呟く声。
こんな場所までクライル家の名は通っているらしい。
しかし、村人達の表情は、一様に暗くなる。その中からは、ため息のほか、「なんてこった」とか、「残念だ」と言った声が聞こえてくる。それを村長はたしなめているが、消沈する雰囲気は変わらないどころか、ますます深くなっていく。
この反応はまずい。
まだ貴族の威厳というものを理解していないクリスだからこそ気付いていないが、これが生粋の貴族だったら、不敬として罰を与えることすらありうる。
「あなた達、その態度は不敬に当たるわよ」
たまらず、ユーナが警告する。
ユーナとしては嫌な物言いだったが、こんなことを言うのはクリスの威厳のためだった。そして村人達のためにもそうした方がよい。今後も寛容な人物が代理としてこの村を訪れるとは限らないのだ。
「失礼ですが領主代理様、そちらの方々はお付きではないので?」
ユーナの発言が従者に相応しくないものと理解した村長が尋ねる。
「この3人は、わたしの友人です」
クリスが促して、アンナが自己紹介する。続いてニキア。ユーナは偽名を使うべきか、正式に名乗るべきか迷う。結局、正式名を使うことにした。こんな村里まで来て、わざわざ名を偽る必要は無いと言うのが理由の一つ。それから正式名を名乗ることが、新たな男爵家を軽んじる雰囲気のある村人に対して、後ろ盾として意味があると言うのがもう一つの理由。
つまり、クライル=ヴァールガッセン家は新興貴族とはいえ、五大侯爵家とのつながりを持つ、有力な家系と思わせることが出来る。
こういうかけひきは、本当はユーナの性に合わない。しかし、これはクリスのためと思って我慢する。
「わたくしは、五大侯爵家の1つ、リーズ侯爵家の娘、ユナマリア・アルア。クライル=ヴァールガッセン家ご令嬢クリスティーネ・クリフトの学友にして、個人的な友人。見知りおくように」
(うーわー、やだやだ)
自分で言っておいて、ユーナは自分の台詞に嫌悪感を覚える。こういう貴族的な発言はそもそも大嫌いだ。だが、ここはどうしてもこうする必要がある。なめられたらおしまいというのは、誰が相手でも起こりうる問題なのだ。
「リーズ……」
村長が呟いた。
村人達の雰囲気がまた変わる。それは、驚きなのか、怯えなのか、戸惑いなのか。そのどれでもあるようで、どれでもないような。
普通に考えれば、五大侯爵家の名前が出てきたことで気後れしたと解釈すべきだが、ユーナはそれとは違う何かを感じた。
それにしても、『残念』という村人達の心情が判らない。それほど旧ヴァールガッセン家を慕う思いが強いのか。
200年も昔の家系を?
「ともかく、お話は伺っております」
と言って村長は、中年の男性を二人、呼び寄せた。
「お館までは、この二人が案内いたしましょう」
「判りました。よろしくお願いします」
クリスは丁寧に応対する。こういうとき、もっと貴族らしく振る舞うべきなのかも知れないが、どうせ根っからの貴族ではないのだから、無理に気負う必要はない。クリスに訊かれた時、ユーナはそう答えていた。
山の中腹にある領館に向かう。途中の道は荒れ果てているかと思いきや、よく整備されている。
その道の行き止まりに、木々のヴェールが少しずつめくられるようにして館が現れる。クリーム色の壁面、柱は白、全体的に淡い色合いで、汚れは見当たらない。窓ガラスも一つとして割れた箇所は無い。
200年も放置されていたとは思えないほど、綺麗な外観だった。内装もそうなのだろうか。
「村の人が掃除して下さってたんですか?」
クリスがどことなく嬉しそうに訊いた。しかし、二人は無表情に答える。
「村の者は何一つしておりません。それどころか、近づくことすらありません」
ユーナ達は、元々、館には何かあるという前提で訪れているので、村人の言動にはぴんとくるものがあった。
それでクリスが、「ここには、何かあるんですか?」と優しく問いかけると、村人が答えて言うには、
「ヴァールガッセン館には魔物が巣くうと言われています。時間がどれだけ経っても綺麗なままで、これは何か居るんじゃないかと、もっぱらの噂で」
とのことだった。
「何かを見た人は居るんですか?」とクリス。
村人の二人は顔を見合わせてから答える。
「何か生き物のような影はよく見かけるようです。それから、叫び声や、何かを打ち付けるような音が」
「そうですか」とクリス。
どうやら、館には何かがある前提でいた方が良さそうだ。それが、水晶術に関わる物なのかは、館に入ってみないと判らない。
2人の口振りからすると、村人たちは怪奇現象に遭遇していることになる訳だが、この二人にはそれに対する怯えのようなものが感じられない。もう、慣れっこなのか、迷信を全く信じていないのか、心臓に毛が生えているのか。
それにしても、あまりに無関心な様子なので、かえって何か裏があるのではないかと勘ぐってみたくなるほどだった。
「あの、あっしらは、ここまでで」
二人は鋭い瞳をクリスに向けながら、西方訛りで言った。
「判りました。ここまで案内ありがとう」
クリスが言うと、村人二人は会釈して山を下っていった。
「さて、ここからは気合いが必要だね」
挑戦的な笑みを見せて、ニキアが呟いた。
「いや、必要なのは覚悟でしょ。……気合い入れ過ぎて暴走しないでよ」
ユーナが釘を刺す。
「判ってるよ」
「ほんとかな……?」
不安は一抹どころではない。
領館の正面扉は両開きで、馬車が入ることが出来るほどの高さと幅がある。分厚い木の板が黒色の鉄版と鉄鋲で補強され、堅牢な造り。当然ながら、これを開けないと中には入れない。クリスが馬車を降りて扉に近づき、持参した大きな鍵を扉の鍵穴に差し込もうとした、その時、何の前触れもなく扉が軋みをあげる。
そして、そのまま、ぎしぎしと音を立てながら内側に向かって開いていった。
その場の全員が、開いた扉の向こう側に、人が居るものだと思った。先ほどの二人の口ぶりでは、館には誰もいないと想像できたが、実際には村人が管理人として待っていてくれたのだろう。
しかし、期待に反して、そこに現れる姿は無かった。
誰もいない。
ただ、中庭へ通じるアーチ状のトンネルが続いているだけ。
馭者は首を傾げるだけだったが、ユーナたちは違う。
「これは……やっぱり?」とユーナ。
「おそらく、そうでしょう」とアンナが応じる。
「どういうことなの?」
ランティエに質問されるが、本当のことを言うわけにも行かない。
「既にお話ししたと思いますが、旧ヴァールガッセン家は術士の家系でした。何か、呪的な仕掛けがあっても不思議ではありません」とアンナがごまかす。
「呪的な、ね」
ランティエはふっと笑みを見せて呟いた。アンナの言葉をそのまま信じた訳ではなさそうだ。
「ともかく、中に入りましょう」
戻ってきたクリスが馭者に告げる。馬車は動き出し、アーチをくぐって中庭に進入し、再び動きを止めた。
ロの字型をしている領館の中央にある中庭は、四方を壁に囲まれ、陽が暮れる前だというのにすでに暗かった。
ユーナたちはそれぞれ自分の荷物を持って馬車から降りた。その他、三日間の滞在に必要な物資は馭者が運ひ込む。その後はシィルの管轄になる。




