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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ヴァールガッセンの亡霊
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4人娘、ランティエと会う

 随行してくれる術士は、若い女性で、『ランティエ』と名乗った。それはニックネームで、本名を教えるつもりは無いようだった。呪猟士が雇い主に本当の名前を教えることはあまりない。雇う側が平民なのに、雇われる側は貴族と言うことも起こりうるため、名前は伏せるのが通例だった。


 ランティエの瞳の色は蒼、ストレートの銀髪を肩まで流している。一般的な女性より背が高いクリスよりも背丈があり、ニキアほどではないにしても、筋肉質の身体であることが見てとれる。

 術士になって五年目の呪猟士、緋針使い。属性は炎。年齢に似合わず、呪猟士としての成績は立派なもので、1年間に10体以上魔物を狩っているという。全く成績を上げられない術士も多いことを考えれば、かなり優秀な人物である。クリスの父親が彼女を選んだのも、そう言う理由があるのだろう。よく依頼を受けてくれたものだ。


 彼女は馬に乗って、四人娘が乗る馬車の少し後を付いてくる。クリスが彼女に何度か声をかけたが、

「お気遣いなく」

 という返答があるだけだった。

 かといってぶっきらぼうとか、人付き合いが苦手というわけではなさそうで、笑顔は見せてくれる。恐らく、雇用主と雇用者の一線をはっきりさせておきたいのだろうとユーナは理解した。

 そんな関係でも2日も経てば仲良くなるもので、道中、馬車の窓から彼女と会話をしたり、クリスが持ち込んだクッキーを受け取ってくれたりということも出てきた。


 順調だったのは、帝都から帝国北西の大都市クルーセントに繋がる街道を進んでいた時だけで、そこから枝道に入ると状況が一変した。

 夕刻、そろそろ宿を決めなければならない時刻になって、突然、ランティエが馭者に止まるよう指示を出す。その上で四人には馬車から降りないように、そして馬車の後ろ側の召し使い用座席にいたシィルには、中に入るように言い渡し、自分は馬を下りた。

 呪装を確認している彼女を見て、ユーナは、魔物が出現したのだと悟った。


「あの、手伝いましょうか。というより、お手伝いして良いですか?」

 馬車の窓から乗り出してランティエに尋ねる。思いは四人とも同じだった。

 本物の呪猟に対する興味が半分、卵ですらないとはいえ呪猟士としての責任が半分。

 ランティエは、四人の気持ちが単なる冷やかしではないと見て取って、

「じゃあ、馬車から降りるのは許可します。それ以上は手を出さないで見ていること。従える?」

「わかりました」

「素直でよろしい」

 ランティエは緋針を装着した籠手を付けている。それは〈緋爪法〉に特有の装備であり、クリスの専攻でもある。

「確か、クリスティーネさんの専攻は緋爪だったわね。よく見ておきなさい」

 ランティエは四人ににこりと笑顔を向ける。

 これが本物の余裕って奴なのかと、ユーナは思った。


 実際、ランティエの実力は相当な物だった。

 現れた魔物は魔獣族で、四つ足が5匹。その見た目は狼とそれほど変わらない。

 ランティエは飛びかかってきた魔獣に真っ正面から向かい合って、魔獣の顎を緋針で突き上げる。すると、間を置かずに魔獣の頭から炎が吹き出し、瞬く間に全身を包み込むと、消し炭すら残さずに焼き尽くした。

「面倒くさい」

 とランティエが呟く。だが、その意味は四人には判らない。

 次に飛びかかってきた魔獣に対しては、ランティエは身をかがめつつ、獣の腹を緋針で引っかく。獣の腹に出来上がった3本の傷から炎が吹き出し、これもあっという間に炎に巻かれて消えて無くなった。

 ユーナは、唖然としてその様子を眺めていた。残る3人も同じだったに違いない。

 ランティエの戦い方は、あまりに鮮やかだった。

 ランティエが次の魔獣に手傷を負わせる。魔獣は炎の中に消える。それをさらに2度繰り返し、5匹の魔獣は痕跡も残さずに消え去った。


 その時、ユーナの後ろから獣の咆哮が聞こえた。

 馬車の後方にも魔獣が現れていた。

 ユーナはすぐさま、レイピアを抜いて構える。ニキアも同様。二人が前衛となり、クリスが投擲で中衛、アンナが後衛の体制を取る。そこまでに、大して時間を使ってはいない。それなのに。

 四人が行動に移るより先に、薄暗くなりかけた中に黒く浮かび上がる魔獣は、小さく叫んだ途端に地面に臥して動かなくなった。

 その額に、緋針が突き立っているのが、辛うじて見てとれる。

 ユーナは最初、クリスが投擲で倒したのだと思った。クリスの顔を見ると、彼女は首を振って応じる。

 そうなると、やったのはランティエしかいない。息つく暇すら与えられない程、あっという間の出来事。

 ユーナは彼女の方を振り向いた。

「あ、持力を込めるの忘れてた」

 あっけらかんとランティエが言う。

「す、すごいですね」

 ユーナは気後れして呟くように言った。これに対して、ランティエは、何のことか判らないといった表情で、

「まあ、護衛の任務は果たせたかな」

 と言った。

「十分です。ありがとうございます!」とクリス。

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、まだ先は長いよ。……ところで、あなた達は、チームなの?」

「いえ、仲の良い友人同士で、チームではないです。まだ、そう言う実技は受けてませんし」

「そうか、中等生だものね、集団戦の実技はこれからか。それにしては、よく連携が取れていたいたわ。大したものね」

「ありがとうございます」

 ユーナ、クリス、アンナだけでなく、ニキアまで褒められたことにお礼を言った。

「じゃあ、四人とも馬車に乗って。先を急ぎましょう」


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