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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
ヴァールガッセンの亡霊
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4人娘、旅の準備をする

「クリスって、幽霊とか苦手だっけ?」

「そうではないんですけど」

 何が問題なのか、ユーナには判らない。

「だって、最後の領主カッシートは、水晶術士だったんですよ。どんな仕掛けがあるか判りません」

「なるほど」

 ユーナは納得した。

 水晶術(アルス・クリスタルム)を使えば、『幽霊』も『得体の知れない化け物』も創造可能だ。ついでに言うなら、動く青銅像や喋る青銅像も造れる。だが、その方法が現在には伝わっていない。カッシートは水晶術の頭領(カプト)にまで登りつめた人物だから、水晶術には精通していたに違いない。そんな人物が与っていた所領なら、何か仕掛けがあっても不思議はない。


「だったら、アンナにも同行してもらおうよ。その方が心強いし、本人も喜ぶんじゃないかな」

「え、じゃあ……」

 クリスの表情が、ぱっと明るくなる。

「うん、一緒に行こう」

「ありがとうございます。良かった」

 クリスは目尻に涙を浮かべている。よほど不安だったのだろう。

 こんな風に頼って貰えるのは、気分の悪いものではない。


「まあ、ちょっと遅い夏休みってところか。アンナにはあたしから伝えておくね。それから……ニキアはどうする?」

 よく一緒に行動する仲間の中でニキアだけ置いてけぼりにするのは、何となく気が引ける。だが、今回のような事情がある場合、行動を共にするのは危険でもある。ニキアには狂戦士モードがあるから、これを発動されてしまうと始末が悪い。

「ニキアさんには、わたしの方からお願いします」

「判った」

 クリスがその覚悟なら、ユーナに否やはなかった。


 元来、学館に夏休みという制度はない。どれほど暑かろうが講義も実技も継続する。

 ただし、自分から休みを取るのは自由だ。何日でも取れる。その気になれば1年以上休むことも出来る。ただしあまりやり過ぎると、就学の意志無しと判断されて退学にされてしまうが。

 一般的には、夏に2、3日と、冬の祭りに合わせて10日程が休みになる。

「そう言えば、クリスの家の領地ってどこにあるの?」

「スティクトーリス領の南に接した地域らしいです。村はツークドルフ、ザルリンク、クリフトです」

 帝都からは北西の方向になる。

「その中のどれがクリスの所領になるの?」

 貴族の直系子弟は、その家門が所有する領地の中から一部を預けられることがある。ユーナの『アルア』もそう言う類のものだ。


「クリフトです」とクリスは答えた。

 つまり、クリスのフルネームは、『クリスティーネ・クリフト・クライル=ヴァールガッセン』となる。

「旅行の宿泊場所もクリフトになります。そこに、旧ヴァールガッセン家の領館があるそうです」

「どれだけ古いのよ」

「おそらく、200年くらいは」

 ということは、かなりぼろぼろだろうと推測できる。


 リーズ寮に戻り、アンナに事情を説明すると、アンナは、

「問題ありません」

 と表情を変えずに答えた。だが、幼馴染みであるユーナには、アンナが喜んでいるように見えた。源流を神代の技術(フィシカ・スピリトゥ)に発する水晶術は、謎が多い分、研究対象としてはとても魅力的なのだ。そう言う事例に、アンナが食いつかないはずがなかった。


 クリスの話では、ニキアも一も二もなく賛成したそうだ。


 残るのは、旅行の計画。

 経費はクライル商会が持つことで話はついている。

 旅行日程については、ユーナは、長い期間メーゼンブルクを空けるつもりはない。

 とは言え、クリフトまでは、馬車で4日間はかかる。現地で3日滞在するとして、12日は必要となるだろう。

 2週間弱。

 まあ、勉学の遅れを取り戻せない空白ではない。


 馬車と馭者はクライル商会から借り受ける。幌馬車などではなく、貴族が乗るような立派な造りで、二人ずつ、向かい合うようにして4人が乗ることが出来るタイプのもの。

 それから護衛に術士が一人。娘を心配したクリスの父親が手配したものだ。

 ちなみに、まだ術士の卵ですらない中等生は、私闘だけでなく呪猟も禁じられている。ただし例外事項があって、正式な術士の指揮下であれば魔物を相手にすることが出来る。なので、随行の術士の許可があれば、ユーナたちも呪猟に参加できる。機会さえあれば、の話だが。

 そして、料理など身の回りの世話をする係としてメイドを一人。これは、ユーナの専属メイドであるシィルを当てることにした。普段はリーズ寮付きメイドとして働いているシィルは、本業のユーナのお世話に戻れるとあって、かなり喜んだ。怖い目に遭うかもしれないとユーナは教えたが、シィルはそんなことは全く気にしていない様子だった。


 服装を制服にするか、通常の旅行服にするか、悩みどころではあるが、利便性を考えて制服を選ぶ。

 呪装は完全装備。ヴァールガッセン領では、何が起こるか判らないので、用心するに越したことはない。緋製レイピアも持っていく。レイピアは、いろいろあって、結局ユーナの手元に残ることになった。それにはもちろん、様々な政治的思惑が入り組んでいるが、ユーナは気にしないことにした。銀鷲徽章争奪戦を経験してみて思ったことだが、呪猟においても剣術はかなり有効な手段になり得る。剣術をスキルセットに加えることで、ユーナは前衛と後衛を担うことが出来るようになる。

 いろいろな方面に調整を行って、四人と一人のメイドがメーゼンブルクを出立したのは、クリスがユーナに相談してから一週間後のことだった。


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