クライル家叙爵される
あらすじ
魔物狩りと侯爵令嬢の3作目。
クリスの実家、商会を営むクライル家が、叙爵(爵位を与えられること)になった。
それと一緒に、領地ももらったが、その場所が曰く付きだった。
領地の視察に行かなければならないクリスは、ユーナに同行を依頼する。
ホラーにならないホラー風味(?)
それは、ユーナとクリスが昼食を共にしている時のことだった。
ユーナは質素にヴルストとザラートとブロートで済まそうとしているのに対して、クリスはヴィーナーシュニッツェル二皿とカルトッフェルをすでに食べ終えたところだった。
「ユーナさんに折り入ってご相談があります」
ユーナはヴルストをナイフで真っ二つにしながら、「どうしたの? 改まって」と先を促す。
「わたしの実家の話なんですけど、今度、叙爵されることになりまして」
「ふーん、すごいじゃない」
ユーナは、驚きもせずに答えた。
帝国の有力者が叙爵されるのは、それほど珍しいことではない。平民身分から取り上げられる場合は、一代限りの爵位や騎士身分であることが多い。クリスの家は、巨大な商業組織であり、帝国の経済に多大な影響がある存在なので、爵位を与えると言うことになったのだろう。今までそうならなかったのが不思議なくらいだ。
「爵位は?」
「男爵です」
男爵は下から二つ目の爵位になる。
「じゃあ、これからはクライル男爵家令嬢クリスティーネ、ね」
「それが少し違ってまして。そこがご相談の内容なんですけど」
「うん?」
「今回の叙爵では、廃絶された古い家名が与えられることになりました。その家名が〝ヴァールガッセン〟……」
「じゃあ、クリスティーネ・ヴァールガッセンね」
ユーナは微妙な引っかかりを覚えるが、すぐには思い出せない。
「いえ、クライルの名も残して、家名は〝クライル=ヴァールガッセン〟になります。それはどうでも良いことなんです。ユーナさん、この家名、何か思い出しませんか?」
確かに、クリスの言うとおり、気にかかるものがある。ユーナはナイフとフォークを止めて考える。具体的にはまだ思い出せないが、あまり良いイメージが沸いてこない。こういう時は、得てしてその通りになるものだ。
割と最近聞いた覚えがある。記憶としては、新しい方。だが、知識としては古い時代のもの。
「あ、カッシート・ヴァールガッセン!」
「そうです」
ユーナもクリスも、その人物名を課題『幽体捕獲』の最中に知った。
二百年前に起こった『七日間事件』、当時の皇帝陛下ハルトゥスの暗殺未遂事件。この時、首謀者として名前が挙がったのが〝カッシート・ヴァールガッセン〟という水晶術士と、その一派だった。関わった全員は、国外追放となり、事件は収束した。
と言うのが、表向きの事件のあらましである。
〝ヴァールガッセン〟は、そういういわく付きの家名だった。
「剥奪された家名だなんて。あんまり、嬉しい話じゃないね」
そこまで言って、ユーナは、この事件に当時のリーズ家当主が重要な役割を果たしたことを思い出した。それはリーズ家の汚点とまでは言わなくとも、けして良い意味での関わり方ではない。ユーナは、廃絶される前のヴァールガッセン家を悪く言える立場ではないのだ。
「まあ。でもウチの者はそんなことは知りませんから、普通に喜んでます。もちろん、わたしも打ち明けるつもりはありません」とクリス。
「その方が良いね」
ユーナは同意した。
「それから、わたしの紋章が送られてきました」
クリスはそう言って鞄の中から布製の紋章と指輪を取り出してユーナに渡した。布の方はサンプルで、指輪の方は封蝋などに使う。
この紋章は紋章術で用いられる物とは全く異なる。貴族の家系や出自を示すための物で、一人に一つ作られる。大抵は親の紋章から意匠を譲り受け、図柄の一部に組み込む。クリスの場合、新たな叙爵なので全く新しいデザインなのかと、ユーナが訊いてみると、クリスの答えは、
「廃絶前の家紋から意匠をいただいたそうです」
だった。
その模様はというと、石製と思われる台の右側に後ろ足で立ち上がった竜が描かれ、左側には羊皮紙が竜に支えられるようにして立てられている。羊皮紙の上半分は説明されないとよく判らない図柄があり、下半分には文字が書かれている。その文章はラテン語で、
〝HORA AURUM EST〟
と読めた。
「〝時は金なり〟ね。クライル家らしいことで……」
「第一家訓ですから」
ちなみにだが、ユーナも紋章を持っている。リーズ家は武門の所為もあって、楯、兜や剣などがあしらわれ、勇猛さを示す図柄になっている。
「とりあえず、『おめでとう』でいいのかな」
「ありがとうございます。ですが続きがあってですね。実は領地を頂いたみたいなんですが……」
叙爵に当たっては良くあることである。
「それが、どうかしたの?」
「はい、昔のヴァールガッセン男爵領をそのまま頂いたらしくて。村が3つくらいの小さなものですけど」
領地があれば、そこから租税が上がってくる。クライル家は巨大な富を蓄えているだろうから、村3つ分の税など、雀の涙ほどもない。
クリスは言葉を続ける。
「お父様から、『領地は任すから、お前、ちょっと行って見て来い』と言われてしまいまして……それで、その、ユーナさんに付き合っていただけないかと」
「それって、一緒に領地に行けってこと?」
「虫の良いお願いだとはわかってます。けど、不安で」
領主が自分の所領を視察するのは良くあることである。ユーナも自分に与えられている『アルア』という街とその周辺部を、代官に案内されて見て回ったことがある。『アルア』は何の変哲もない、田舎の中心都市だが、強いて上げれば、領民が明るく気さくで付き合いやすいのが良いところか。
「クリスが不安になるのも、判らなくはないけど、そんなに緊張するほどのことでもないと思うよ?」
「違うんです」
クリスは深刻な表情をした。
「……どうしたの?」
「だって、ヴァールガッセンの旧所領ですよ? 昔の領主のゆ、幽霊が出るとか、得体の知れない化け物が徘徊するとか、噂があるんです」
幽霊とか、化け物とかを怖がる人も多いが、術士に限っては、そういう人は稀である。というのは、幽霊も化け物も、魔術という視点で見ればほとんどの場合、分析、解釈が可能だからだ。つまり、術士にとっては心霊現象は呪猟や研究の対象にはなっても、恐怖を覚える対象にはならない。普通は。




