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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
武門の癖に生意気とか言われても困ります
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第五戦、レオンハルト戦

 争奪戦の徽章所持者が、とうとう四人になったという噂がユーナの耳に届いた。もちろん、その一人はユーナで、もう一人はレオンハルト、残る二人は高等生だそうだ。

 最後の四人になるまで二人も中等生が残るのは、かなり珍しいということで、街の住民も含めて異様な盛り上がりを見せていた。

 ここまで来ると、軽い気持ちで挑戦してくる館生もいない。ニキアは相変わらずらしいが。


 大聖堂の裏の大きな噴水が中央にある広場を横断して、ユーナは次の教室に向かう。この広場はかなりの広さがある割に草木があるわけでもなく、殺風景だ。時々、市が立つくらいで、他に利用されているところを見たことがない。

 そんな広場の一角に、レオンハルトの姿を見かける。大剣を背負い、腕組みをして人の流れを見つめている。誰かを探しているように見える。それに対して、歩いている人たちはレオンハルトと目を合わせないようにしてさっさとその場を離れていく。


 ユーナは声をかけるべきか迷った。声をかければ、間違いなく対戦になる。他の高等生二人がどういうスキルセットなのかユーナは知らないが、レオンハルトのは知っている。それは、かなり危険な部類に入り、〈超攻撃的エクストラ・アグレッシフ〉の〈蒼炎(ブラウ・フランメ)〉。水属性のユーナとはかなり相性が悪い。

 ただ、このまま無視すると、まるで自分が戦いを避けているように思われてしまいそうだ。ユーナはそれが嫌だった。


 逡巡している間にレオンハルトの方がユーナに近づいてくる。発見されてしまったらしい。こうなっては戦いは避けられない。ユーナは覚悟を決めた。

「これは、ユーナ・オーシェ嬢。本日もご機嫌麗しく」

 レオンハルトは貴族らしく礼を取る。

「レオンハルト様もご息災のようで、何よりですわ」

 ユーナも合わせて貴族風に挨拶する。

 少しの沈黙。

 ユーナは可笑しくなって、軽く笑った。ユーナもレオンハルトも貴族に連なる身だが、二人がこんな風に挨拶するのは初めてだった。それがなんとなく笑いを誘ったのだ。

「何か、おかしいことでもあったのかね?」

「いえ、なんでも」

 ユーナは口を押さえて笑気を抑える。

「それでは、要件に入らせてもらおうか」

「ええ、判ってる。争奪戦、でしょ?」

「そうだ。一手、お相手願おうか」

「拒否する理由は何もないわ。でも、ちょっと待って」


 ユーナは鞄を下ろし、今回も準備を始める。

「レディの支度を待つのは男の甲斐性というものだよ」

 とレオンハルトは言ったが、意味が判らないので無視する。

 レオンハルトを相手にするのは、かなり分が悪い。炎と水では対属相殺(アウスグラヒ)が発生する上に、レオンハルトの炎はかなりの高温である。ニキアの〈赤炎(ロート・フランメ)〉とはその点で大きく異なる。と言っても、ニキアは持力を使うのをど忘れしていたが。


 この広場には大きな噴水がある。人間の背丈の優に三倍の高さまで石を積み上げ、その頂から水を勢いよく吹き出している。

 沢山の水が手に入るのは、大きな利点になる。

 この時、すでに見物人が集まり出していた。たまたま通りかかった館生や住民が輪を作る。野次を飛ばす者は居なかった。皆、固唾をのんでユーナとレオンハルトの動きをうかがっている。

 いつも通り、ユーナはレイピアを水で濡らした。

「さて、それでは、よろしくお願いします」

 ユーナはレイピアを構える。

「こちらこそ」

 とレオンハルトが大剣を構えた瞬間、ユーナは一気に前へ出て距離を詰める。いや、詰めようとして、足を止めた。

 ものすごい熱気がユーナを覆う。それは大剣から発せられていた。

 レオンハルトは、一気に大剣へ持力を込め、しかも発現させていた。そのおかげで大剣が熱せらたのだ。


 問題は、それを一瞬で成し遂げたレオンハルトの力量だ。レオンハルトの剣はツヴァイハンダーと呼ばれる類の両手剣で、その分、使われている緋の量も多い。本来なら、それに持力を込めるだけでも時間がかかるし、何より、術士には持力保有量に限りがあるから、今のレオンハルトのような使い方をしていればすぐに持力が枯渇して気絶してしまう。

 それなのに、レオンハルトは平然として大剣を構え続ける。化け物のような持力量だ。


 ユーナは、この状況に攻めあぐねた。レオンハルト自身にレイピアの剣先をぶつけるには、この大剣と高温をかいくぐらなければならない。

 レイピアは封じられたようなものだった。いや、もし高温が無かったとしても、大剣とレイピアの重量差で、さすがの緋製レイピアも折られてしまう可能性があった。

 ユーナは次を考える。やはり思い付くのは、噴水の水だ。何とかそこまで近づくことが出来れば、対策はある。


 レオンハルトが長大な剣で突きをくり出す。鋭い攻撃だが、ユーナには躱せないほどのものではない。しかし。

()っつ」

 ユーナは思わず叫ぶ。この熱さだけはどうにもならなかった。そんな熱い物を握っているレオンハルトはどうかというと、特に汗をかいた様子もない。いったいどういう理屈なのか、ユーナには理解できなかった。持力で大剣を熱しているのだから、柄も熱くなっているはずなのだが。ともかく、熱い思いをしているのはユーナだけ、ということだ。

 レオンハルトが大剣を振り上げたタイミングで、ユーナは噴水の方へ駆け出す。そして噴水を背にしてレオンハルトに対峙し直した。

 噴水には、水を貯めた池がある。

 そこから、水を手のひらで汲んで、レオンハルトに投げる。水は氷になって飛んだ。

 普通なら、その程度の水は、大剣の熱さですぐに溶けてしまう。だが、ユーナは、それを凍らせ続けた。

 つまり、レオンハルトの高温が氷を溶かし続ける間も、ユーナが溶けた水を凍らせ続けたのだ。溶ける端から凍らせるので、氷はほぼそのまま維持される。それによって、先鋭化した氷はレオンハルトの左腕をかすめた。

「俺に傷をつけたのは、争奪戦では君が初めてだ」

 レオンハルトは自身にできた傷を見て、関心したように呟いた。

「そう言うのは『光栄です』とでも言えば良いのかな」

 ユーナは皮肉っぽく言う。

「そうだな。素直に誇って良いと思う」

 レオンハルトは真に受けて答えて、言葉を続ける。

「これまでの戦いでは、不戦勝が5回、勝利したのが3回。3回とも、一度剣を振るっただけで勝敗がついた。2回以上、攻撃を避けたのは君が初めてだよ」

「ふーん」

 ユーナは適当に相槌を打ったが、内心は穏やかではなかった。やはり、この男は常軌を逸している。

「さて、そろそろ戦いに戻ろうか」

 また、レオンハルトが大剣を振りかぶる。ユーナはすぐには避けなかった。すれすれを狙う。

 レオンハルトはそれを不審に思ったようだが、構わず大剣を振り下ろした。剣は先に重量を乗せながらユーナに降りかかる。

 ぎりぎりまで待って、ユーナはそれを躱した。

 大剣は勢いが突いて噴水の縁を破壊し、剣先を水中に没する形になって止まる。

 狙い通り。

 すぐさま、ユーナは、噴水の水を凍らせる。なりふり構っていられないので、一気に持力を放出する。

 瞬く間に噴水が凍り付いていく。しかし、大剣の周囲だけは熱せられて蒸気をもくもくと上げていた。ユーナが狙ったのは大剣を冷ますことだけではなく、大剣を氷に閉じ込めることだった。

 だが、それは無謀だったとすぐに思い知る。レオンハルトもまた大剣に持力を込め続けていたからだ。

 蒸気が立ち込め、ユーナとレオンハルトの間を隔てた。ユーナはすぐさま作戦を切り替え、蒸気に紛れてレオンハルトに駆け寄る。

 左の方から風切り音が耳に届く。

 レイピアを縦にして構えると、蒸気の中から大剣が現れ、レイピアに激突した。熱さは耐えられる程度に低くなっていたが、衝撃の方は身体で吸収仕切れず、右の方に吹っ飛ぶ。地面を靴の裏で擦りながら態勢を立て直す。幸い、レイピアは折れていなかった。

 再びレオンハルトが居る方向へ距離を詰める。

 レイピアで突きを入れる。手応えはない。

 蒸気が切れ、視界が開ける。

 目の前にレオンハルトは居なかった。

「こっちだ」

 声は後ろの方からした。

 この気配だと、もう勝敗は決してしまったようだ。

 振り返ると想像通り、そこに大剣があった。

 剣先を突きつけられた状況だ。ユーナが前進している間に、背後に回り込まれていた格好になる。蒸気に隠れて虚を突く策は、レオンハルトも同じだったわけだ。

 ユーナはため息をついて言う。

「『参りました』」

「潔いな。良いことだ」

 レオンハルトはすぐに剣を退()いた。

「でも、後ろから狙うのは、ずるいんじゃない?」

 武門貴族のユーナからすれば、相手の背後から襲いかかるのは騎士道精神に反するという思いがある。

「何を言うかと思えば。呪猟士の本分は、いかに確実に魔物を倒すか、だろう。ずるいも何もない」

「それもそうか」

 ユーナは素直に納得する。自分の方が間違っているのだ。今のユーナは術士の卵であって騎士ではない。

 どうも、まだどこかに武門としての感覚が残っているらしい。

 それに気付いたユーナは苦笑いする。

「何か可笑しいことでもあったのかね?」

「いいえ、何も」

 言いながらユーナは鞄から徽章を取り出し、レオンハルトに渡す。

「いろいろ勉強になったわ」

「その言葉は、そのまま返そう。良い試合だった」

 見物人から歓声と拍手が湧き起こる。

 ユーナの銀鷲徽章争奪戦は、ここで終わった。


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