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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
武門の癖に生意気とか言われても困ります
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第四戦、対ニキア戦

「始める前に、言っておきたいことがある」

 ニキアは表情を引き締めて言う。

「何?」

「あたしさ、気に入らないんだよね、あんたのこと」

「へ?」

 まさかの嫌い宣言に、ユーナは目を丸くした。ニキアとは、親友とまでは行かなくとも、良い友人と思っていたからだ。

「だってさ、『武門の癖に術士の真似事しててさ』、それなのに……」

 ニキアの言葉は尻すぼみになる。

「どうしたの?」

 ニキアは頬を指で掻いている。これはニキアが困惑しているときの癖だ。

「えーと、なんだっけ。……あ!」

 ニキアは、ぱんと手を打って、

「『剣術なんて隠し技持っててさ、どこが術士か! っての!』」

「うーむ」

 ニキアの言動がおかしい。最初は嫌われたのかと思ったが、その後の台詞が、どこかから借りてきたみたいに不自然。

 どうも、挑発しているらしいと思い至るまでに、多くの時間は必要なかった。しかも、なにもかも一直線に物事を進めるニキアが、こんな搦め手のような真似を自らするはずがない。


「誰に入れ知恵された?」

「え? 何のこと?」

 明らかに狼狽するニキア。

「やっぱり」

「な、何がだよ?」

 ユーナは少し安心した。本当に 嫌われた訳ではなさそうだ。

 誰がニキアにこんな策を吹き込んだのかは判らないが、ユーナに全力を出させるための策略だと理解出来なくもない。

 つまり、ニキアの裏にいる人物は、ユーナに最初から緋剣を使わせたいのだ。

 それはそれで、ありがたい配慮だった。

 とは言うものの、驚かされたのは事実なので、少し仕返しをすることにした。

「あなたがあたしを嫌いなのは判った。そんな風に思ってたなんて、知らなかったよ」

 内心、笑いそうになるのを堪えながら、深刻な表情をしてみせる。

「えっ?」

 今度はニキアの方が不安に襲われる。

「いやっ、あの、そういう訳じゃ」

「嘘だけどね」

 ニキアは、ユーナの台詞の意味が判るまでに数秒かかる。

「なんだよ、それ!」

「おあいこだと思うけど。でも、意図は判った。だから最初から本気でいくよ」

 途端にニキアから、暢気な気配が消え、獰猛と言っても良いくらいの覇気が漂い始める。

「その気になってくれて良かった」

「じゃあ、準備するから少し待って」

 ユーナは緋製レイピアを鞘から抜いた後、カバンから水筒を取り出し、剣身を水で濡らす。そして、残った水を地面に撒いた。

「何してんのさ」

「色々とやることががあるのよ。あたしは後衛専門なんだからね、あなたみたいな前衛専門を相手にするには、準備が必要なの」

「レイピアを使えば良いじゃないか」

「これでも、術士の卵だからね」

 ユーナは柄を握る右手を胸に押し当て、剣先を天に向ける。これは剣を使うときのユーナの癖。

「言う割には、レイピアの扱いが上手だよな」

「それは仕方ないわよ。さあ、始めようか」

「おう! 楽しもうぜ!」

 ニキアも剣を構える。彼女の剣は所謂シュヴェルトと呼ばれる種類のもので、片手又は両手で扱う。

 先手必勝。

 濡れたレイピアを水平に振る。水飛沫が飛び、それが空中で凍結、先鋭化し、ニキアを襲う。

 ニキアは剣を横凪に振るって、氷の大半を砕いた。それでも数発はヒットする。

 ユーナは、ニキアが対応している間にレイピアの剣先を地面に付ける。地面の水は『ムルム』の風に吹き寄せられ、ユーナの持力で凍結しながら形を変えていく。ひざまで位の長さの棒状に変化したところで根元から折り、ニキアに投げる。この攻撃もフェイク。

 ニキアが氷を避けている間に前方に突進し、レイピアの先をニキアの鼻先に突きつける。

 それでニキアが『まいった』してくれれば戦いは終了となるが、多分そうはならない。

 実際、ニキアはあっさりと氷の槍を躱し、レイピアも距離をとって避けてしまう。


 次に、ユーナはステップを踏んで前方に進み、同時に突きを数発、ニキアの上半身へ放つ。その剣先に点結界を乗せる。

 レイピアの剣先から球形の結界境界が発生し、即座に膨張を始めるが、それほど大きくはならず、拳くらいの大きさでニキアを襲う。

 ニキアは、今度はそのことごとくを緋剣で受けきった。結界球は、すぐに霞んで消失する。

「なんだ、今の? 剣先が伸びてくるみたいだったぞ」

「ふーん、そういう風に見えるんだね」

 ユーナがして見せたのは、シュライバー戦でやったものの応用だった。

 緋剣に限界まで持力を込めるのではなく、突きから次の突きまでの間に発現に必要な最少の持力を込め、突きと同時に結界を発現する。元となる持力が少ないので結界境界は小さく、威力も微々たるものになるが、剣先が届かない距離からの攻撃は間合いを掴みにくくする。レイピア本来の攻撃からすると、鋭さは足りなくなるものの、剣の間合いの外から攻撃できるのは大きな利点だった。


 見物人が集まってきて輪を作り始める。旧市街の中でも賑わう場所だったので、あっという間に人だかりが出来上がった。ほとんどが館生だが、中にはレストランのウェイターや清掃人の姿も見える。街の住人にとっては、争奪戦は一種の娯楽なのかも知れなかった。

「まったく、次から次へと変な技を繰り出す奴だな」

 ニキアは呆れる。

「変とは失礼ね」

「実際そうだろ。まあ、いいや。今度はこっちから行くよ」

 言うや、ニキアは一気に間合いを詰め、いつの間にか振りかぶっていた緋剣を振り下ろす。

 一挙手一投足が、速い。もしかすると、ボルケン教官より速いかも知れない。ユーナはカウンターを狙う隙も与えられずに、降りかかってきた刃を受けるしかなかった。

 レイピアの剣身を横にしてニキアの剣を防いだ。ぎゃりんと金属が強くぶつかる音が響く。

 力負けして押し込まれそうになるが、踏ん張って体勢を立て直す。細身のレイピアは折れも曲がりもせずに受けきった。これが鋼製だったら、確実に折られていた。

 ユーナはすぐに攻撃に転じる。二つの剣が十字に交差した状態から、体を一歩分横にずらしながら、剣先を地面に向ける。すると縦になったレイピアの剣腹をニキアの剣が地面に向かって滑り落ちる。日本語でいう『いなし技』の類。


 後はレイピアを引き戻しつつ、前のめりに体勢が崩れているニキアの上半身に結界突きをお見舞いするだけだ。

 ()()を実行に移す。

 しかし、()()はならなかった。

 ニキアは、レイピアの剣先をシュヴェルトの柄本で受け止め、そのまま勢いよくレイピアを跳ね上げる。日本語でいう『擦り上げ技』の類。

 ユーナは手からレイピアが飛んでいきそうになるのを辛うじて抑えた。しかし、同時に大きな隙を作る。

 それを逃すニキアではない。本気で緋剣を打ち込んでくる。寸止めするつもりもなさそうだ。まともに食らったら、きっと大怪我は間違いない。

 ユーナは左手の平の中に小さな『風壁』を作る。

 その『風壁』を今まさに降りかかろうとしている緋剣に向ける。手の平が緋剣にぶつかった、と見えた次の瞬間、無音のまま緋剣が跳ね返る。

「なっ?」

 想像を超えた状況に、ニキアは驚きの声を上げる。

 そこにすかさず、ユーナはレイピアを突きつけた。

「あ……」

 自分の胸の寸前で止められた剣先を見て、ニキアは頭をかいた。

「『まいった』。……たく、ユーナに負けるとはね」

「あたしに負けるとは思ってなかった?」

「いや、全く考えなかった訳じゃないけど」

「けど?」

「悪かったよ。確かにユーナのこと見くびってた。でも、どうやってあたしの剣を弾いたんだ?」

「それは秘密、ってことで」

 ニキアはため息をつく。

「ほんと、ネタいっぱい持ってるな」

「いろいろ工夫してるのよ。これでも努力家ですから。ところでさ、」

 ユーナは話題を変える

「なに?」

「あなた、持力を使わなかったけど、どうして? それをやられてたら、あたしかなり不利だったんだけど」

「あ、忘れてた」

「やっぱり」

「言ってくれても良かっただろ!」

「自分に不利になるようなこと、教えるわけないでしょ!」

「それもそうか」

 と言いながら、ニキアはポケットに手を突っ込み、徽章を取り出し、「じゃ、はいこれ」とユーナに渡す。

 数は、6個。

 これで、ユーナの持ち分は7個になった。

「あ〜あ、一から出直しか」

 ニキアは伸びをする。

「まだ、やる気なんだ……」

「とーぜん。期間中は何度でもやる」

「あ、そ」

 ユーナは呆れて呟いた。


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