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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
武門の癖に生意気とか言われても困ります
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クリスの戦い

 年上と思われる徽章保持者に挑戦を宣言し、クリスは準備を始めた。緋針を3本ずつ、二つの籠手にはめ込み、それを両腕に装着する。

「へえ、君は緋爪使いか。見た目からは想像できないね」

「そうですか?」

 相手の男は呪杖使いで、相手が中等生と知って余裕を見せている。

 クリスは籠手の装着を終えると、試しに右腕を軽く振った。

 途端に巻き起こる鎌鼬。

 それは、近くの街路樹の枝を捉え、すぱっと切り落とした。

 呪杖使いの顔が青ざめ、頬が引きつった。

「それでは、お願いします」

 クリスは呪杖使いの方を向かい、構えを取る。


「ちょっと待ってくれ。君の名前は、クリステイーネ・クライル、で合っているかな?」

 クリスは首を傾げて、「そうですけど、それが何か?」と微笑む。

 呪杖使いの目には、これから獲物に襲いかかる肉食獣の笑みに見えたらしい。クリスにはもちろん悪気はない。

 呪杖使いは汗をだらだら流しながら、「まあまあまあまあ、ちょっと落ち着こうか」とまずは自分が落ち着けと言ってやりたいほど動転して言った。

「はい、何でしょうか」

「君は、確か中等生だったよな? うむ、そうか、よしよし」

「はい?」

「では、君にこれを譲ろう!」

 呪杖使いは胸の徽章を外し、クリスに差し出す。

「え、良いんですか?」

「も、もちろんだよ。これも年長者の務めだからね、ははは」と軽い笑い。

「あの、どういう意味でしょうか?」

「だって、ほら、争奪戦は高等生同士の戦いになることが多いじゃないか。だから、君みたいな中等生にもチャンスが必要だと思うわけだよ」

 呪杖使いは、精一杯笑みを作ろうとするが、うまくいっていない。

「でも、わたしからは何もお返しできるものがありません……」

「いやいやいやいや。その辺はお構いなく。ほんとに! 大丈夫だから!」

「そうですか。では、遠慮なく」

 クリスは徽章を受け取る。初めて手にした徽章を見て、クリスはにこりと微笑んだ。

 そのあまりの眩しさに、呪杖使いは顔を赤くした。


「と言う訳なんですよ」

 そう言ってクリスは話を締めくくった。

 その男が、クリスに恐れをなして、適当なことを言ってごまかしたのは明白だった。だが、その男を蔑む気にはなれなかった。というより、むしろ同情したい。

「それで、どうしてあたしと戦いたいの?」

「この徽章をユーナさんにお譲りしたいんです」

「ええと。譲るために戦いたいということ?」

「はい。戦って負けないと、譲ることは出来ないんですよね?」

「そんなことないよ、多分」

「少なくとも、不戦敗になる必要があるのでは?」

「うーん、確かに徽章の譲り渡しの話は聞いたことないけど、大丈夫なはずだよ」

「じゃあ、この徽章、受け取ってください!」

 クリスは徽章を差し出す。しかしユーナは首を振った。

「嬉しい申し出だけど、受け取るのは出来ない」

「どうしてですか?」

 クリスは悲しそうな顔をする。

「こういうのって、やっぱり実力で集めていくべきなんだと思う。誰か他の人から譲ってもらうのは、本筋から外れる気がする」

「それなら、わたしと戦いましょう!」

「それで負ける気なんでしょ? それじゃ意味ないんだってば」

「では、どうすれば受け取って貰えますか?」

 クリスが善意で動いてくれているのは判っている。その気持ちに応えるべきだと思う。しかし、甘えてはいけないとも思った。

「ごめん、やっぱり受け取れない」

「そうですか」

 クリスは残念そうに俯く。

 そんな顔をさせてしまったことにユーナは罪悪感を覚える。

「ごめんね。でも、クリスの気持ちには本当に感謝してる。それから、これはあたしの我が儘なんだから、クリスが気にする必要ないからね」

「わかりました」

 クリスの表情が少し明るくなった。



 ニキアの挑戦を受けなければならないことを思い出したのは、昼食を食べている時だった。

 この日はクリスの都合がつかず、珍しく一人で食事だった。場所は『トリゴノツェッテル』の二階テラス。あまり食欲がないので、サラダとハムとブロート。このテラスは広場に面しており、広い空間を一望できる。その中心には、メーゼンブルクが魔術の学都となる以前からあるという偉大な詩人の像が建っている。右手にペンを、左手に紙を持つこの像は、おそらく、この街で最古の部類に入る。

 その詩人の名をエウアルクという。

 この人物の経歴はさておき。


 ユーナが最後のパンの欠片を口に放り込んだ時、広場の方から、

「おーい、ユーナ!」

 と馬鹿でかい声で呼ぶ女の声。

「でかい声で呼ぶな!」

 ユーナもそれなりの大声で返す。

 相手は、ニキアだ。

「ちょっと降りてきて欲しいんだけど!」

 とニキアは、腰に佩いた緋剣の柄を握って見せた。ニキアの用事は明白だった。

「ちょっと待って」

 ユーナはウェイターに代金を支払って、階段を降り、広場の中央に移動していたニキアに向き合った。


「お待たせ。じゃ、始める?」

 ユーナは軽い口調で言ったが、内心はかなり緊張している。争奪戦で緋剣、つまり呪闘士専攻を相手にするのは初めてだったし、何より、ニキアの力量を知っていたからだ。

 生半可なことで勝てる相手ではない。

 初手から本気でやらないと、あっという間に倒されてしまうだろう。


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