戦いの合間に、その2
次の日は何も起こらなかった。前回の対集団戦の噂が流れて、他の徽章保持者から警戒されているのかもしれなかった。おかげで一時的に日常が戻ってきた。
ニキアの噂は流れてきた。相手構わず、喧嘩を売っているのかと間違うくらいに試合をしているらしい。奪った徽章の数も多いと聞く。
レオンハルトの噂も聞こえてきた。こちらもすごい勢いで徽章を集めているらしい。徽章の数は、もうすぐ二桁ではないかと言われている。
ちなみにユーナは、未だに最初に配られた一個のみだ。
ユーナは日課が終わると早々に帰宅した。
その日の夜。
こんなことができたらいいなと、ほぼ妄想のように思い浮かぶことが、ある。
シュライバー戦で成功した、呪杖に点結界を乗せて突き飛ばす技。あれを、緋製レイピアで出来ないだろうか。もしそんなことが可能なら、有効どころか、必殺の技になり得る。
しかしあの技は、持力を緋に込める為に、どうしても時間が必要になる。限界まで込めた持力を一気に発現させることで、爆発的な威力を発揮するからだ。
だから、刺突の全てに点結界を乗せるのは無理だろう。だが、例えば五回の刺突の中に一回入れるとかならば、可能ではないか。
呪文詠唱は必ずしも必要ないので、省略してしまえば良い。
とりあえず、特訓してみることにした。
翌日、そろそろ誰かに挑まれるだろうなと覚悟しつつ、メーゼン橋たもとのファルマ・スティクトーリス像前でクリスを待つ。
朝日が眩しい。
ユーナは昨晩の特訓で、一定の結論に達した。それは、決定打にはならないが、ある程度、状況を左右することに繋がりうるものだ。
あとは、誰が相手になるのかが、少々、不安。
「ユーナさ〜ん」
手を振りながら、クリスが近づいて来る。ユーナの隣に到着したところで、クリスはまじまじとユーナの顔を見つめ、それから、悲しそうな表情を作った。
「どうしたんですか? 緊張で眠れなかったんですか?」
「そんなことはないけどけど。いや、寝不足はその通りだけど……。え、そんなにヘンな顔してる?」
「はい、目の下にクマが出来てますし、肌が荒れ気味みたい。それにいつもより覇気が足りないというか」
「覇気ねえ……。まあ、今後の戦いにどうやって対応するか、いろいろやってたら夜が遅くなっちゃったからだと思うけど」
「そうですか。大変ですね」
二人はようやく歩き出す。
「そう言えば、ニキアさんの争奪戦の噂、聞きました?」
「聞いてる。快進撃してるんだってね」
「徽章を5個手に入れたんだとか」
「へえ、すごいね」
ユーナは、感動もなしに頷いた。しかし、5個というのは、徽章が30個しか配られないことを考えると、一人が所持する数としては多い方だ。今回の争奪戦の一角を担う存在と言っても過言ではない。
「伯爵もかなり集めたって聞いてる」
「はい、噂だと、7個だとか」
「おー、それはすごい」
ユーナは、さらに感情薄に答えた。
他人のことを言えた義理ではないが、今年の銀鷲徽章争奪戦は中等二年生が引っ掻き回していると言って良い。争奪戦期間の後半は高等生同士の戦いになって、中等生など出る幕はないのが本来なのだ。
ボルケン教官が馬鹿笑いする姿が目に浮かぶ。
「ユーナさんは、どうなんですか?」
「あたし? ……は、まだ1個だけ」
「そうですか」
そう言葉を返したクリスは、どことなく気まずそうに顔を背ける。
「どうしたの?」
「あの、ですね、わたしがユーナさんに挑戦したら、ユーナさん、どうしますか?」
「え?」
ユーナは、クリスの顔を見返した。
かなりの想定外のことに、一瞬、思考が停止した。そこから立ち直ると、ユーナは考察を開始する。
クリスが自分に挑んでくる理由は何なのか。
一、争奪戦に参戦したい。
二、ただ単に、ユーナと戦ってみたい。
三、アクセサリとしての徽章が欲しい。
四、実はユーナのことを嫌っていて、この際、勝負で打ち負かしてやろうと思っている。
三、四は論外と考えて良い。三については、アクセサリとしての徽章はクリスの趣味ではないようだし、四については、クリスとの友人関係をそんな風に思いたくない。それにユーナを嫌っていたなら、いくら隠そうとしても、ユーナには判る。これは無駄な考察。
クリスと戦うに当たっての問題は、彼女の危険度だ。
何度も言っているように、クリスの持力運用スタイルは、やばいくらいに危険だ。対戦相手が病院送りで済めば良いが、最悪の場合、命すら危うい。
(その事が判ってんのかしら、この子)
かなり疑問に思うが、挑まれては仕方ない。
「どうしてもって言うなら、お相手するけど……」
ユーナは及び腰で答える。するとクリスは、両手の平をユーナに向けて振りながら、
「違うんです、ユーナさんと戦いたいのではなくて」
と言って、カバンから銀鷲徽章を取り出した。
「どうしたの、それ」
ユーナは不思議に思った。徽章をどうやって入手したのか。もちろん、戦って相手から奪ったのだろうが、クリスが自らそう言うことをするとは到底思えない。
「実は……」
とクリスは頬を赤くした。
その恥ずかしそうな表情にユーナは、どきりとする。まるで、これから告白でも受けるのではないかと誤解しそうになる。
「ど、どうしたの?」
跳ね上がる鼓動を抑えるように、ユーナはふうと息を吐く。
「徽章を持っている人に挑戦してみたんです」
「なるほど、それで勝った訳ね」
「いえ、勝ったというか……不戦勝というんでしょうか」
「不戦勝? 戦わずに勝ったってこと?」
クリスの言い分はこうだった。




